森本昌義氏、関口ひとみ氏が文協の顧問会メンバーに!

森本昌義氏、関口ひとみ氏 文協の顧問会メンバーに!

石川レナト会長および秀島マルセロ副会長は、11月11日から約20日間にかけて訪日し、日本や在日ブラジル当局をはじめとする日伯関連団体を訪問、親交を深めました。

またこの訪日には、上記以外に、もう一つの重要な目的がありました。

それは、森本昌義氏および関口ひとみ氏に対し、文協理事会の上級諮問機関である顧問会メンバーへお迎えしたいという理事会の全会一致を持って決定した内容を伝えることでした。

ちなみに、この顧問会は、大使、総領事、州知事、市長、代議士などの有力者によって構成される機関で、当会定款第IX章第51条において「理事会により任命された不定数の成員によって構成する顧問会は、 理事会会長の上級諮問機関であり、 諮問会規則に従い、理事会会長の諮問を受けて文協運営上の重要問題について意見を述べる。」と定義されています。

この案は「文協アンバサダー」を日本はもちろん他国にも配置しようという構想で、これは、石川レナト会長率いる理事会の成す革新的な試みの一つです。

この訪日の機会に、石川会長はお二人それぞれに公式の依頼書を手渡し、文協顧問として是非お力をお借りしたいと伝えました。

お二人は、その場で快諾。
さっそく文協のピンをお渡ししました。

森本昌義氏からのメッセージ

文協会長 石川レナト 殿
文協役員および会員の皆様へ

この度、文協の顧問会メンバーとしてお招きいただき、大変光栄に思っています。

ブラジルで働く前は、米国カリフォルニア州にあるソニーのカラーテレビ製造工場で15年間勤務し、そこでは何千人もの現地従業員を雇用していました。アメリカ滞在中は、日本駐留中に米兵と結婚してアメリカに渡った十数人の日本人女性社員を除き、日系人社会や日系人との交流は殆どありませんでした。アメリカの日系人は、日本人や日本企業との付き合いや交流を好まないという印象がありました。

驚くことに、ブラジルの場合は、まったく逆でした。サンパウロ事務所とマナウス工場にいる優秀な日系人の役員、マネージャー、エンジニアがいなければ、私はソニー・ブラジルをうまく運営することはできなかったでしょう。二宮正人先生や故羽生デシオさんなど、日系人のプロフェッショナルの方々にも大変お世話になりました。

日系ブラジル人は、正直、勤勉、謙虚といった日本人の美徳を先祖から受け継ぎ、同時にブラジル人の美徳も身に付けていることがわかりました。彼らはとてもフレンドリーで、多様性に対する寛容さと柔軟な思考を持っています。

日系ブラジル人の方々と一緒にいると不思議と落ち着きます。だからこそ、ブラジルの日系人との友情を深めたいと思い、2014 年から毎年、文協が主催する統合フォーラム- FIB に参加しています。文協とその関連組織がブラジルの日系社会で最も活発で尊敬されていることを知っているからです。

私は10年近く、海外日系協会の活動に参加しています。そして、ブラジルと日本の日系ブラジル人は、協会の基本的かつ最も重要なメンバーであり、同時に私の大切な友人です。

文協の顧問会メンバーとして、日系ブラジル人の福祉に貢献し、できれば日本にいる日本人が日系ブラジル人のように親切で多様性を受け入れ、柔軟な思考を身につけることができるよう、改めて努力していきたいと思います。

どうぞよろしくお願い致します。

森本昌義氏 略歴(ウィキペディアより)

日本の実業家。英国国立ウェールズ大学経営大学院MBA(日本語)プログラム・CSR担当講師、森本CSR研究室主宰、経営倫理士、M.ProーConsulting代表取締役社長。

1939年大阪市に生まれ、1962年東京大学法学部卒業。ソニーに入社後、米コロンビア大学経営大学院留学、ソニーアメリカに15年、ソニーブラジルに10年勤務したのち、ソニー執行役員専務、アイワ代表取締役社長を経て、2003年6月25日にベネッセコーポレーションの代表取締役社長兼COOに就任。

その後、2006年6月代表取締役社長兼CEOに昇格。2007年2月21日、CEOを辞任し同社を退社。以降は自身のオフィスで経営コンサルティングを手がける。

関口ひとみ氏からのメッセージ

文協会長 石川レナト 殿
文協役員および会員の皆様へ

まずは、文協の発展と日伯関係の強化にご尽力いただいている皆様に敬意と感謝を表します。

石川レナト会長、秀島マルセロ副会長が来日された際に、私を文協の顧問会メンバーに任命していただいたことは、嬉しい驚きでした。

私は外交官時代、ブラジルの日系社会の皆様と仕事をする機会に恵まれ、この間、皆さんが展開している活動から多くのことを学びました。多くの話を聞き、ブラジル各地での高貴で価値ある行動を目の当たりにし、私の日系社会に対する憧れは募るばかりでありました。東京の外務省から受けた多くの使命の中で、ブラジル日系社会と協力して働くことは、最もやりがいのある貴重なものの 1 つでした。皆さんと築き上げた関係、皆さんから受けた歓迎は、今では私の最大の宝物です。

この偉大で重要な文協ファミリーの一員に指名されたことは、私の長いキャリアの中で最大の賞だと思います。私が皆様の信頼に値するかどうかは分かりませんし、皆様の期待に応えられるかどうかの自信もありませんが、日伯関係強化の道を、より多くの人々、特に友好国である両国の友好を深める基盤である若い人々に歩んでもらえるよう、皆様の足跡を追いながら努力したいと思います。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

関口ひとみ氏 略歴

熊本県生まれ。3歳の時両親に連れられ飛伯。
サンパウロ州立総合大学(USP)文学部を卒業後、当地総領事館の現地採用を経て、日本国外務省に本省採用された。2006年からベレン、ブラジリア、リオ、レシフェと主要な総領事館で公務を担った。
2年後、一等書記官として在レシフェ日本国領事館長に就任、2015年には在サンパウロ日本国総領事館副総領事、2018年には在マナウス日本国総領事館総領事に就任、在中南米日本国総領事館では、女性初の総領事となった。
2021年、日本に帰国。
現在、日本ブラジル中央協会では常務理事を、海外日系人協会では理事の役職を担っている。

ニュース

訃報:清原 健児 氏

2026年5月7日、清原健児氏がお亡くなりになられました。80歳でした。通夜は同日午前10時より、モルンビー墓地(Rua Dep. Laércio Conte, 408

続き

ご協力ありがとうございました🆘ペルイベ市豪雨被害

ブラジル日本文化福祉協会西尾会長とぺルイベ市のウラグチ市議 2026年4月7日、サンパウロ州ペルイベ市で3月に発生した大雨災害の被災者に向けて文協に届けられた皆様からの支援物資を、同市のフェルナンド・ウラグチ市議に引き渡しました。 詳細は、ブラジル日報「ペルイベ水害に支援の輪=文協が物資届け復旧後押し」をご覧ください。 関連記事:SOS ぺルイベ市

続き

文協青年委員会 ハナオカ・ユカリ 新委員長 就任式

1997年に設立された文協青年委員会は、現在約150人のボランティアを擁しており、去る3月21日に新しい役員体制で活動を開始しました。今回の体制の特徴は、主要な役職に女性が多く就いている点です。 会長には心理学者のジャクリーヌ・ユカリ・ハナオカ氏が就任し、副会長にはブルーナ・デ・ソウザ・ド・オー氏、イザベラ・ベルベル・カイ氏、ジュリア・ナオミ・オニヅカ氏、タイス・シモニシソノ・カルヴァーリョ氏といった、女性たちが就任しました。 委員会の16の役職のうち9名を女性とした理由について、ハナオカ会長は率直にこう述べています。 「副会長に4人に全員女性を配置したのは、個人的な必要性からでした。まず、現在、ブラジル日系社会全体において、重要な役職に就いているのは殆どが男性だと言えます。そのような男性たちに囲まれる中で、会長として自分がより安心し、支えられていると感じるためです。そして女性がリーダーとしての場に立ち、自らの世界観や知恵、能力、感性、そして知性を共有できるよう、より多くの機会を広げたいと考えました。」 続けて「ただし、この役員メンバーには、多くの能力や感性、意欲、創造性をもたらしてくれる男性メンバーももちろん、参加しています。」と述べました。

続き

報告:日本館 再開館式

新しく亜鉛メッキで塗装された展示館の屋根 2026年4月25日、晴れ渡った土曜日の朝の光に包まれた日本館はいっそうの輝きを放っていました。この日、約100名の招待客を集めて日本館の再開館式が行われました。 招待客の一人、イビラプエラ公園を管理するウルビア(Urbia)社の総支配人サミュエル・ロイド氏が、挨拶で述べたように、ここは「イビラプエラ公園の宝石」と称えられる場所です。 日本館は、2025年末から一時閉館とし、経年劣化が進んだ箇所(木材や植栽)の修復、展示館の屋根の葺き替え、そして新しい木製ベンチの設置など、各所の改修工事を行いました。 日本館運営委員会の奥原常嗣委員長は、今回の再開館の式典を執り行うにあたり、修復作業の実施を可能にしてくれた個人、団体、企業へ感謝を伝えることがこの式典開催の目的であると述べました。また、委員長として、イビラプエラ公園において、唯一のブラジル国外の空間と捉えるこの場所の保存と日系社会の団結を促進したいと語りました。

続き