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2017春の古本市

10月29日、文協で毎年恒例の「春の古本市」を開催いたします。 同古本市では、マンガ、辞書、子供用の本、小説、雑誌などたくさんの書を取り揃えています。 皆様、お誘い合わせの上、是非お越しください。 貴重な1冊にめぐり合えるかもしれません。 また、図書委員会では古本市の準備、販売のお手伝いをしていただけるボランティアを募集しています。可能な日、時間帯でもかまいません。ぜひ、ご協力ください!! 主催:文協図書委員会 日時:10月29日(日) 9時~15時まで 場所:文協展示室(図書室階下) Rua São Joaquim, 381 – Liberdade – São Paulo – SP (地下鉄サンジョアキン駅近く) ボランティア募集:図書委員会では古本市の準備、販売のお手伝いを募集しています。可能な日、時間帯でもかまいません。 10月28(土) 朝9時集合 書籍整理、会場設営 10月29(日) 朝8時30分集合 図書販売 問い合わせ:(11) 3208-1755まで

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野口泰在サンパウロ日本国総領事館総領事歓迎祝賀会のご案内

この度、在サンパウロ日本国総領事館総領事に野口泰氏が就任されました。 日系社会では野口新総領事の門出を祝うべく以下のとおり歓迎会を開催いたします。 みなさま、お誘い合わせの上ご参加ください。 以下、野口泰総領事のプロフィールです。 野口泰(のぐち やすし) 1966年(昭和41年5月7日生) 山口県出身 平成 2.3 京都大学法学部卒業 2.4 外務省入省 17.8 在ペルー日本国大使館 一等書記官 19.1 在ペルー日本国大使館 参事官 20.8 大臣官房総務課監察査察室長 21.7 総合外交政策局安全保障政策課国際平和協力室長 21. 12 大臣官房 23.3 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震緊急災害対策本部被災者生活 支援特別対策本部事務局参事官 23.8 中南米局中米カリブ課長 25.8 総合外交政策局軍縮不拡散・科学部軍備管理軍縮課長 27.8 警視長 警察庁長官官房付 27.9 宮崎県警察本部長 野口泰在サンパウロ日本国総領事館総領事歓迎祝賀会 日時:2017年10月17日(火)午後7時30分より (開始30分前に受付へお越し下さい) 場所:ブラジル日本文化福祉協会(文協)貴賓室 Rua São Joaquim, 381 – Liberdade – SP (地下鉄サンジョアキン駅より徒歩5分。駐車場あり Rua Galvão Bueno 540) 会費:100レアル 申込締切:出席ご希望の方は10月10日(火)までに文協事務局へご連絡ください。 担当:ミチエ又はサユリまで TEL:(11)3208-1755 E-mail:site@bunkyo.org.br 共催団体:ブラジル日本文化福祉協会、サンパウロ日伯援護協会、ブラジル日本都道府県人会連合会、ブラジル日本商工会議所、日伯文化連盟、社会福祉法人救済会、希望の家福祉協会、社会福祉法人こどものその、社団法人アルモニア教育文化協会、茶道裏千家ブラジルセンター、ブラジル生け花協会、ニッポン・カントリークラブ、ブラジル日系熟年クラブ連合会、コチア青年連絡協議会、サンタクルス日伯慈善協会、国外就労者情報援護センター、リベルダーデ文化福祉協会、聖北文化体育連合会、ピラチニンガ文化体育協会、外務省研修生OB会、 国際協力機構帰国研修員同窓会、伯日文化社会統合協会、ブラジル日本語センター、ブラジル・ニッポン移住者協会、ブラジル仏教連合会、エスペランサ婦人会、ブラジル日系学術研究者協会、ブラジル農業拓植協同組合中央会、ブラジルふるさと創生協会、ブラジル日系ゴルフ連盟、ブラジル日本青年会議所、日本留学生研修員ブラジルOB会、サント・アンドレ日系連合会、ブラジル桜イッペ連盟。

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ジャパンハウス『隈研吾-エターナル・エフェメラル』展

7月17日、ジャパンハウスサンパウロにて建築家である隈研吾氏の展覧会『隈研吾-エターナル・エフェメラル』の開会式が行われました。 その際、隈氏より呉屋春美文協会長へ文協が管理するイビラプエラ公園内の日本館(1954年堀口捨巳氏建築)に関するエッセイの贈呈がありました。 2015年、隈氏がサンパウロ日本館を訪れた際、同館は1988年より修復工事に携わっている中島工務店による4度目の改修工事中でした。岐阜県中津川市に本社がある中島工務店は、日本のお城、お宮、茶屋などの木材建築はじめ、鉄やコンクリートをも用いて幅広く仕事をこなす工務店です。中島紀于社長と6人の職人たちは修復のために来伯し、使用された木材も日本から取り寄せました。1988年の修復工事から、全4回に及ぶ工事はすべて中島氏のご好意により実現し、修復に使用される材木もすべて提供していただきました。 このサンパウロ日本館への訪問は木造建築を専門とする隈氏にアルミの外観を予定していたジャパンハウスの設計図を考え直させる出来事となりました。また、今年5月6日、パウリスタ大通りに開館した同施設の建設を中島工務店に依頼するきっかけともなりました。 伝統を残しつつ、現代の日本を表現するジャパンハウスの外観は、20世紀を代表するモダニズム・木造建築家である堀口捨巳氏が建築した日本館との特別なつながりによって永遠に記憶にとどめられることとなりました。 呉屋春美文協会長は、エッセイを受け取った際のお礼の挨拶で、「堀口先生と隈先生のみが日本建築家として、ブラジルの大地に作品があり、両方とも木造であることはたいへん喜ばしいことです。隈先生がデザインされたジャパンハウスとの特別なコネクションをきっかけに、日本館に新たな来場者を引き寄せることになりまして、日本の建築意匠が広く知られるようになってきております。 来年の日本移民110周年記念祭典とともに、これから更なる日伯交流の発展につながることを願っています。」と話しました。 プロフィール 隈研吾(くま・けんご) 1954年横浜生まれ。東京大学大学院工学部建築学科修了。コロンビア大学客員研究員を経て、2001年より慶應義塾大学教授。2009年より東京大学教授。 1997年「森舞台/登米町伝統芸能伝承館」で日本建築学会賞受賞、同年「水/ガラス」でアメリカ建築家協会ベネディクタス賞受賞。2002年「那珂川町馬頭広重美術館」をはじめとする木の建築でフィンランドよりスピリット・オブ・ネイチャー 国際木の建築賞受賞。2010年「根津美術館」で毎日芸術賞受賞。 『隈研吾-エターナル・エフェメラル』展 会期  2017.7.18-2017.9.10 火曜日~土曜日  10h~22h 日曜日・祝日:  10h~18h 入場無料 http://www.japanhouse.jp/saopaulo/event/kengokumaexposicao_00001.html 日本館についての情報は下記リンクからご覧ください https://bunkyo.org.br/pt-BR/pavilhao-japones 以下、日本館についての隈研吾氏によるエッセイです。 サンパウロ日本館 1954年の1月から1年間、ブラジルのサンパウロ市で、サンパウロ市制400年記念の万国博覧会が開かれた。会場計画の中心人物は、すでにモダニズムの鬼才として、世界に名を知られていたブラジル建築界のエース、オスカー・ニーマイヤー(1907-2012)であり、彼の力強い造型が、180万㎡のイビラブエラ公園全体で、華々しく展開した。 一方、日本館を任されたのは、和風建築の巨匠、堀口捨巳(1895~1984)であった。片やコンクリートの彫刻家、片や繊細な木造。これほど極端に対照的な組み合わせは考えられない。そして、できあがった日本館も、いかにも堀口らしい繊細な木造建築であった。堀口の設計した建築群の中でも、最も繊細なものと呼んでいい。桂離宮にヒントを得たと思われる、細い木の柱で建築を支える手法は、すばらしい完成度に達し、インテリアでも細い材料が繊細な音楽を奏でている。自由でマッシブな形態、強烈な色彩のニーマイヤーのコンクリート建築とは、すべての点で対極的であった。意図的であるとしか思えない対比が、そこには存在している。 当然堀口はニューマイヤーの会場計画を見せられていた。ニューマイヤーがどういう人物、どのような作風であるかも知っていた。堀口は何を考えながら、どのようにして、この日本館のデザインにたどりついたのだろうか。なぜここまで対極に振らなければならなかったのだろうか。 まず考えなければならないのは、日本のモダニズム建築とは、そもそも何だったのかという問題である。日本のモダニズム建築は、カタストロフと、深い関係をとり結んでいる。関東大震災と、第二次大戦という2つの悲劇(カタストロフ)による都市の消失を経て、日本はそれまでの「木の都市」を捨てて、「コンクリートの都市」を獲得した。それを、国家目標と決め、コンクリート化は日本の建設産業をうるおし、戦後日本の発展の経済的なベースとなった。20世紀初頭の西欧に登場した、コンクリートと鉄でできた機能主義建築、すなわちモダニズム建築が、コンクリート化した日本の都市の「制服」となった。コンクリート化という国家目標を達成することに、官民一体となって走ったのが、20世紀の日本建築史であったわけである。 その大きな流れの中で、堀口という建築家は奇妙なポジションにいた。一言でいえば、堀口は早すぎたのである。あまりに早熟だったのである。彼は1920年、東京大学建築学科在学時に、分離派建築会というグループを同級生6名で立ち上げ、7月には白木屋デパートで、「第一回日本分離派建築会展覧会」を開催し、岩波書店からも「分離派建築会宣言と作品」を出版。 1920年という日付にこそ注目すべきである。関東大震災は1923年9月であった。分離派建築会は、19世紀末に発するウィーン分離派にちなんだ命名で、日本で初のモダニズム建築の運動であった。東大の学生が、突然にして、日本の建築会の渦の中心となり、若きスーパースターが誕生したのである。もちろん、日本のモダニズム建築ととれる前川國男(1905-1986)よりも、丹下健三(1913-2005)よりも、ずっとずっと早いスタートであった そして最も注意すべきことは、堀口が関東大震災よりも早かったという事実である。関東大震災というカタストロフの後、日本の建築界は、木造の否定、都市のコンクリート化へと一直線に走った。最先端デザインであった西欧のモダニズム建築の導入と、大震災の教訓としての反木造とが、ぴったりと併走して、20世紀の日本建築のメインストリームとなった。モダニズムと大震災の同時性という時間的偶然が、その後の日本建築の流れを決めた。建築の流れを決定しただけではなく、日本社会の方向性をセットした。大震災があったからこそ、こんなにも早く、都市のコンクリート化が実現し、土建国家の方向に、国が一気に走り始めたのである。丹下、前川は、その潮流のトップランナーとなって、新しい時代を走り抜けたのである。 一方、堀口は、関東大震災のという笛の鳴る直前に、フライングしてしまったのである。単に分離派宣言(1920)を出しただけではなく、その宣言の延長線上に紫烟荘(1926)という不思議な木造住宅を設計し、発表してしまったのである。紫烟荘は、関東大震災後にメインストリームとなるコンクリートのモダニズムとは、明らかに異質であった。まずコンクリート造ではなく、木造であったし、フラットルーフではなく、茅葺の勾配屋根がのっていた。田園風のとてつもなく「しぶい」ものだった。 1910年代から20年代にかけて、ヨーロッパ建築界をにぎわしたアムステルダム派のデザインから堀口が影響を受けたことは明らかであった。アムステルダム派は大きな意味ではモダニズム建築の一派とくくることができるが、1930年代以降にモダニズムの主流となる、コンクリートボックスのデザインとは、対極であった。コルビュジエやミース・ファンデルローエがリードしたコンクリートボックスのモダニズムは、大量生産、大量消費を基本コンセプトとする工業化社会のニーズに答える優等生的デザインであったが、アムステルダムは、むしろ工業化社会の合理性を批判しているかのように見える。堀口がフライングだとしたら、アムステルダム派もフライングかもしれない。あるいはあえて、水のない地面の上に飛び込んだのかもしれない。 堀口は早熟であり、繊細であり、プライドも高かったのであろう。そのためにフライングし、さらにそのまま宙吊りになってしまったのである。そして堀口という建築家の一番のすごさは、それではコンクリートへと転向しなかったことである。彼はフライングで選んでしまった木造と添い遂げた。そのために、日本の伝統建築を、その後徹底的に学習した。伝統という助けを借りなければ、木造という一種の「過去の遺物」をもってコンクリートという時代の大潮流に立ち向かうことはとうてい無理であると、堀口は察知したのである。その意味で堀口の人生は悲劇であり、喜劇であったかもしれないが、充分に賢明でもあった。 その宙吊りの堀口が、よりによってコンクリートモダニズムのトップランナーであるオスカー・ニーマイヤーのデザインする博覧会の中に日本館を設計することになるとは、なんという時代のめぐりあわせだろうか。そして、これ以上の悲劇/喜劇がありえるだろうか。 堀口が、サンパウロの地で、いかに悩んだかは想像に難くない。この逆説的状況にどう対処すべきか。仕事を受けるべきか受けざるべきか。堀口はこう記している。「私はニーマイヤーのあの烈しい表現を伴った傍らに、自分の設計を試みる勇気を全く欠いていた。(中略)それから半月ほど私は柄にないこの仕事を如何にして断るべきかを考え続けた。」 しかし結局、堀口はサンパウロの仕事を受けた。しかも、『時代遅れ』の木造をもって、ドン・キホーテのごとき構えで、ニーマイヤーにいどんだ。サンパウロの日本館を一言でいえば、20世紀のドン・キホーテということになるだろう。それは喜劇である以上に英雄的であり、それゆえに人を打つ。 ドン・キホーテは、いかにしてコンクリートに闘いを挑んだか。20世紀のドン・キホーテはしばしば、庭を武器とすることを選んだ。和風の庭と抽象的なモダニズムの庭とを、レベル差を用いてセパレートするという巧みな操作によって、堀口は知られる。彼は繊細な木の建築を、庭という囲いを用いてまもったのである。堀口の代表作と呼ばれる岡田邸(1933)は、隔離された和の上に建つ木造と、抽象化された洋の庭の上にたつモダニズム建築を見事に共存させたのである。木造というドン・キホーテをモダニズムと対等に闘わせるためには、庭という強力な助けが必要であると、堀地は直観していたのである。 サンパウロも、堀口は徹底して庭にこだわった。庭の助けを借りて、ドン・キホーテをコンクリートの暴力からまもろうとしたのである。日本館の敷地が、巨大なユーカリの樹々によって、ニーマイヤーの建築群から隔離されていることを知って、まず堀口は安堵した。ユーカリの庭でニーマイヤーの暴力から隔離し、それだけでは足りずに、水の庭によって、さらに隔離を徹底させた。サンパウロの日本館のデザインの中心は、水の庭である。サンパウロ日本館は桂離宮のコピーだといわれてきたが、僕はその説に従わない。空中に浮いたピロティ状のプロポーションは確かに桂離宮の新御殿に似ているが、新御殿は水には浮いていない。堀口の岡田邸で、和庭と洋庭は水で隔離されている。彼にとっては、水が決定的に重要だったのである。建築のプロポーションは二次的な問題であった。それゆえサンパウロの建築には、建築に対する一種のニヒリズムさえ感じられるのである。水がメインであって、建築は脇役であるとうそぶいているような、ニヒリズムが感じられる。博覧会建築という、一種の祭りのためのイベント建築であることが、ニヒリズム感を一層高めている。 堀口は、幸か不幸かニーマイヤーという圧倒的な強敵と遭遇したことによって、庭による隔離を徹底し、建築に対するニヒリズムがめばえ、ドン・キホーテは行くところまで行った。堀口という方法は、サンパウロという場所と出会うことで新しい境地へと到達した。 そこに僕は偶然以上のものを感じる。ニーマイヤーという方法が、そもそもブラジルという場所、ブラジルという遠い場所を必要とした。ヨーロッパの中にいたら、これほどの自由な造型は不可能だったろう。そしてブラジルという遠く自由な場所だからこそ、木造とコンクリートは、こんな乱暴な形で出会うことになったのである。その出会いの緊張感が、サンパウロ日本館という、きわめてユニークな木造建築を創造したのである。 この堀口の水面が、今は白い防水プラスチックシート敷きの、みたこともない不思議な池と化している。まったく日本的でもなく、庭とさえ呼びたくもない。しかし、池が隔離のために用いられたとするならば、これ以上の切断はないかもしれない。この池は今や和庭でもなく、洋庭でもなく、宙づりにされている。この不気味なほどに白い池こそが、堀口というフライングしたドン・キホーテにはもっともふさわしいように、今となっては思えるのである。 Pavilhão Japonês de São Paulo Kengo Kuma, arquiteto Durante

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ブラジル・ニッポン移住者協会主催お花見会

ブラジル・ニッポン移住者協会が2003年に植樹しました雪割り桜のお花見会が今月20日にUSP(サンパウロ州立総合大学)で開催されます。みなさま是非ご訪問ください。 ブラジル・ニッポン移住者協会主催お花見会 日時:8月20日(日)、午前11時~午後3時 場所:USP(サンパウロ州立総合大学)内CEPEUSP お問い合わせ:ブラジル・ニッポン移住者協会、(11) 4611-0159まで。 主催:ブラジル・ニッポン移住者協会 協力:USP(サンパウロ州立総合大学) 入場無料

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Missa de 7º dia em memória de Kazuo Harasawa

Será realizada missa de 7º dia em memória de Kazuo Harasawa, um dos fundadores da Sociedade Brasileira de Cultura Japonesa e de Assistência Social – Bunkyo, membro e ex-presidente do Conselho Deliberativo da entidade e ex-vice-presidente do Pavilhão Japonês, além de ex-presidente da Beneficência Nipo-Brasileira de São Paulo – Enkyo.

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訃報 中山喜代治氏

モジ・ダス・クルーゼス文化協会元会長でありブラジル日本文化福祉協会地方理事、評議委員会会員を務めました中山喜代治氏が7月6日、肺がんのため治療中のサンパウロ市内のがん治療センターでお亡くなりになりました。71歳でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。 葬儀、埋葬は7月6日にパルケ・ダス・オリベイラス墓地にて執り行われ、初七日法要が13日にサントゥアリオ・サグラード・コラソン・ジ・ジェズス教会にて行われました。 49日法要は今月20日午後4時半よりモジ・ダス・クルーゼス文化協会にて行われます。 中山喜代治氏の49日法要 日時:8月20日(日)午後4時半から 場所:モジ・ダス・クルーゼス文化協会 住所:Rua Presidente Campos Salles, 230 – Vl. Industrial – Mogi das Cruzes – SP お問い合わせ:(11) 4791-2022

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訃報 原沢和夫氏

文協創立会員の一人であり、文協評議委員長、日本館副館長、援協会長を務めました原沢和夫氏が8月13日早朝、療養していた特別養護老人施設「あけぼのホーム」でお亡くなりになりました。 心よりご冥福をお祈り申し上げます。 葬儀は13日にアラサ墓地 (Av. Dr. Arnaldo, 666 – Cerqueira César, São Paulo–SP. Tel.: (11) 3256-6486) で執り行われました。 初七日法要は19日午後3時からサンフランシスコ・デ・アシス教会にて行われます。 原沢和夫氏初七日法要 日時:8月19日(土)午後3時から 場所:サンフランシスコ・デ・アシス教会 住所:Rua Borges Lagoa, 1209-A – Vila Clementino, São Paulo – SP お問い合わせ:(11) 5576-7960

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山田彰駐ブラジル日本国大使館新特命全権大使歓迎祝賀会

ブラジルでの任務を終え、日本に帰国された佐藤悟大使に代わって、山田彰氏が「駐ブラジル日本国特命全権大使」に就任されます。 日系社会では、山田大使の就任を祝うため、以下の通り歓迎祝賀会を開催いたします。 みなさま、お誘い合わせの上ご参加ください。 以下、山田彰特命全権大使のプロフィールです。 山田彰(やまだあきら) 1958年(昭和33年1月27日生) 福岡県出身 昭和55.3 東京大学法学部政治学科卒業 56.1 外務省入省 平成9.4  経済協力局政策課企画官 10.2 経済局国際機関第一課サービス貿易室長 11.3 中南米局中南米第二課長 13.4 内閣府 情報公開審査会事務局審査官 15.4 外務省 経済協力局無償資金協力課長 16.8 在イラク日本国大使館 参事官 17.1 在イラク日本国大使館 公使 18.4 在スペイン日本国大使館 公使 20.9 大臣官房参事官兼国際協力局、中東アフリカ局(アフリカ審議官組織) 22.8 大臣官房参事官兼国際協力局(地球規模課題担当) 23.8 大臣官房審議官兼国際協力局(地球規模課題担当) 24.1 中南米局長 大使 26.8 大臣官房 26.10 特命全権大使 メキシコ国駐箚 山田彰駐ブラジル日本国大使館新特命全権大使歓迎祝賀会 日時:2017年8月25日(金)午後7時30分より (開始30分前に受付へお越し下さい) 場所:ブラジル日本文化福祉協会(文協)貴賓室 Rua São Joaquim, 381 – Liberdade – SP (地下鉄サンジョアキン駅より徒歩5分。駐車場あり Rua Galvão Bueno 540) 会費:100レアル 申込締切:出席ご希望の方は8月18日(金)までに文協事務局へご連絡ください。 担当:ミチエ又はマルシアまで TEL:(11)3208-1755 E-mail:site@bunkyo.org.br 共催団体:ブラジル日本文化福祉協会、サンパウロ日伯援護協会、ブラジル日本都道府県人会連合会、ブラジル日本商工会議所、日伯文化連盟、社会福祉法人救済会、希望の家福祉協会、社会福祉法人こどものその、社団法人アルモニア教育文化協会、茶道裏千家ブラジルセンター、ブラジル生け花協会、ニッポン・カントリークラブ、ブラジル日系熟年クラブ連合会、コチア青年連絡協議会、サンタクルス日伯慈善協会、国外就労者情報援護センター、リベルダーデ文化福祉協会、聖北文化体育連合会、ピラチニンガ文化体育協会、外務省研修生OB会、 国際協力機構帰国研修員同窓会、伯日文化社会統合協会、ブラジル日本語センター、ブラジル・ニッポン移住者協会、ブラジル仏教連合会、エスペランサ婦人会、ブラジル日系学術研究者協会、ブラジル農業拓植協同組合中央会、ブラジルふるさと創生協会、ブラジル日系ゴルフ連盟、ブラジル日本青年会議所、日本留学生研修員ブラジルOB会、サント・アンドレ日系連合会、ブラジル桜イッペ連盟

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日本館:サンパウロ市政記念につき入場料無料(1/29まで)🥁25(水)・28日(土)はイベント開催

サンパウロ市政469年記念 今から469年前の1930年1月25日、サンパウロ市が誕生しました。 ちなみに、この「サンパウロ (São Paulo)」という名称は、キリスト教における聖人の1人である「聖パウロ」のポルトガル語表記となります。 この市政を記念し、弊会が運営管理する日本館では、1月25~29日の5日間入場料を無料とするほか、以下のイベントを開催します。 どうぞ、お気軽にお越しください! 【サンパウロ市政記念イベント】日 時:2023年1月25日(水)~29日(日)10時~17時場 所:イビラプエラ公園    詳細は、こちらのサイトをご覧ください≫≫≫日本館 1月25日(水)苔玉教室 1月28日(土)アトラクション ・ナカセ・リカルド歌手による歌謡ショー・パフォーマーグループによる「絆の音」・和太鼓ワークショップ (11時~)・こどものそのメンバーによる演奏(12時40分~) お問合せ:日本館 (11) 99538-1927 / (11) 96390-2404または pavilhao@bunkyo.org.br

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訃報:丹下セツ子さん

「丹下セツ子劇団」や「丹下セツ子太鼓道場」を立ち上げ、ブラジル日系社会の芸能を牽引していた丹下セツ子さん(東京都出身)が3月16日、肺ガンのため逝去されました。83歳でした。 通夜は17日に、OSSEL Assistência斎場にて執り行われました。 ブラジル日報「丹下セツ子さんが死去=ブラジル全国で旅役者公演」 心よりご冥福をお祈りいたします。

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日系主要5団体・在聖総領事館共催🎍新年会🎍2023年1月13日(金)19H~

あけましておめでとうございます!本年も、どうぞよろしくお願いいたします。 さて、本年もブラジル日系主要5団体及び在聖日本国総領事館が共催し、2023年の新年会を開催致します! ブラジル日本移民115周年という節目の年の始まりを、皆様で祝賀しましょう! 多くの方のご出席をお待ち致しております。 2023年新年会  【日 時】2023年1月13日(金)19時~【場 所】文協ビル2階 貴賓室【参加費】お一人様 150レアル        PIXでのお支払いの場合 CNPJ 61.511.127/0001-60     Sociedade Brasileira de Cultura Japonesa e de Assistência Social ※ 参加ご希望の方は、1月9日(月)までに以下までご連絡ください。    tel:(11) 3208-1755  担当 / ルーカス     e-mail:evento@bunkyo.org.br 主催団体 日系主要5団体   ・ブラジル日本文化福祉協会  ・サンパウロ日伯援護協会  ・ブラジル日本都道府県人会連合会  ・ブラジル日本商工会議所  ・日伯文化連盟 在サンパウロ日本国総領事館   

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年末年始の文協の運営について

◆年末年始の運営について◆ 平素は格別のご高配を賜り、誠にありがとうございます。誠に勝手ながら、年末休業日を下記のとおりとさせていただきます。 事務局:2022年12月26日(月)~2022年12月30日(金)     なお、年始の運営は2023年1月2日(月)からとなります。 ブラジル日本移民史料館:2022年12月26日(月)~2022年12月30日(金)    なお、年始の運営は2023年1月3日(火)からとなります。 文協図書館:2022年12月26日(月)~2022年12月30日(金)    なお、年始の運営は2023年1月3日(火)からとなります。 日本館:2022年12月26日(月)~2022年12月30日(金)    なお、年始の運営は2023年1月5日(木)からとなります。 ご不便をおかけいたしますが、何卒ご了承いただきますようお願い申し上げます。 よいクリスマスそしてお正月をお迎えください! 来年もどうぞよろしくおねがいいたします。

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ブラジルいけ花協会よりお知らせ❁創立60周年記念誌出版

ブラジルいけ花協会は、創立60周年を記念し「Associação de Ikebana do Brasil – 60 Anos Percorrendo o Kado – o Caminho da Flor(華道とともに60年)」を出版しました。文協も後援しています。 詳細 / お問合せ:メール:contato@ikebana.org.br whatsapp :(11) 96860-8317 サイト: https://ikebana.org.br/ .

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森本昌義氏、関口ひとみ氏が文協の顧問会メンバーに!

森本昌義氏、関口ひとみ氏 文協の顧問会メンバーに! 石川レナト会長および秀島マルセロ副会長は、11月11日から約20日間にかけて訪日し、日本や在日ブラジル当局をはじめとする日伯関連団体を訪問、親交を深めました。 またこの訪日には、上記以外に、もう一つの重要な目的がありました。 それは、森本昌義氏および関口ひとみ氏に対し、文協理事会の上級諮問機関である顧問会メンバーへお迎えしたいという理事会の全会一致を持って決定した内容を伝えることでした。 ちなみに、この顧問会は、大使、総領事、州知事、市長、代議士などの有力者によって構成される機関で、当会定款第IX章第51条において「理事会により任命された不定数の成員によって構成する顧問会は、 理事会会長の上級諮問機関であり、 諮問会規則に従い、理事会会長の諮問を受けて文協運営上の重要問題について意見を述べる。」と定義されています。 この案は「文協アンバサダー」を日本はもちろん他国にも配置しようという構想で、これは、石川レナト会長率いる理事会の成す革新的な試みの一つです。 この訪日の機会に、石川会長はお二人それぞれに公式の依頼書を手渡し、文協顧問として是非お力をお借りしたいと伝えました。 お二人は、その場で快諾。さっそく文協のピンをお渡ししました。 森本昌義氏からのメッセージ 文協会長 石川レナト 殿文協役員および会員の皆様へ この度、文協の顧問会メンバーとしてお招きいただき、大変光栄に思っています。 ブラジルで働く前は、米国カリフォルニア州にあるソニーのカラーテレビ製造工場で15年間勤務し、そこでは何千人もの現地従業員を雇用していました。アメリカ滞在中は、日本駐留中に米兵と結婚してアメリカに渡った十数人の日本人女性社員を除き、日系人社会や日系人との交流は殆どありませんでした。アメリカの日系人は、日本人や日本企業との付き合いや交流を好まないという印象がありました。 驚くことに、ブラジルの場合は、まったく逆でした。サンパウロ事務所とマナウス工場にいる優秀な日系人の役員、マネージャー、エンジニアがいなければ、私はソニー・ブラジルをうまく運営することはできなかったでしょう。二宮正人先生や故羽生デシオさんなど、日系人のプロフェッショナルの方々にも大変お世話になりました。 日系ブラジル人は、正直、勤勉、謙虚といった日本人の美徳を先祖から受け継ぎ、同時にブラジル人の美徳も身に付けていることがわかりました。彼らはとてもフレンドリーで、多様性に対する寛容さと柔軟な思考を持っています。 日系ブラジル人の方々と一緒にいると不思議と落ち着きます。だからこそ、ブラジルの日系人との友情を深めたいと思い、2014 年から毎年、文協が主催する統合フォーラム- FIB に参加しています。文協とその関連組織がブラジルの日系社会で最も活発で尊敬されていることを知っているからです。 私は10年近く、海外日系協会の活動に参加しています。そして、ブラジルと日本の日系ブラジル人は、協会の基本的かつ最も重要なメンバーであり、同時に私の大切な友人です。 文協の顧問会メンバーとして、日系ブラジル人の福祉に貢献し、できれば日本にいる日本人が日系ブラジル人のように親切で多様性を受け入れ、柔軟な思考を身につけることができるよう、改めて努力していきたいと思います。 どうぞよろしくお願い致します。 森本昌義氏 略歴(ウィキペディアより) 日本の実業家。英国国立ウェールズ大学経営大学院MBA(日本語)プログラム・CSR担当講師、森本CSR研究室主宰、経営倫理士、M.ProーConsulting代表取締役社長。 1939年大阪市に生まれ、1962年東京大学法学部卒業。ソニーに入社後、米コロンビア大学経営大学院留学、ソニーアメリカに15年、ソニーブラジルに10年勤務したのち、ソニー執行役員専務、アイワ代表取締役社長を経て、2003年6月25日にベネッセコーポレーションの代表取締役社長兼COOに就任。 その後、2006年6月代表取締役社長兼CEOに昇格。2007年2月21日、CEOを辞任し同社を退社。以降は自身のオフィスで経営コンサルティングを手がける。 関口ひとみ氏からのメッセージ 文協会長 石川レナト 殿文協役員および会員の皆様へ まずは、文協の発展と日伯関係の強化にご尽力いただいている皆様に敬意と感謝を表します。 石川レナト会長、秀島マルセロ副会長が来日された際に、私を文協の顧問会メンバーに任命していただいたことは、嬉しい驚きでした。 私は外交官時代、ブラジルの日系社会の皆様と仕事をする機会に恵まれ、この間、皆さんが展開している活動から多くのことを学びました。多くの話を聞き、ブラジル各地での高貴で価値ある行動を目の当たりにし、私の日系社会に対する憧れは募るばかりでありました。東京の外務省から受けた多くの使命の中で、ブラジル日系社会と協力して働くことは、最もやりがいのある貴重なものの 1 つでした。皆さんと築き上げた関係、皆さんから受けた歓迎は、今では私の最大の宝物です。 この偉大で重要な文協ファミリーの一員に指名されたことは、私の長いキャリアの中で最大の賞だと思います。私が皆様の信頼に値するかどうかは分かりませんし、皆様の期待に応えられるかどうかの自信もありませんが、日伯関係強化の道を、より多くの人々、特に友好国である両国の友好を深める基盤である若い人々に歩んでもらえるよう、皆様の足跡を追いながら努力したいと思います。 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 関口ひとみ氏 略歴 熊本県生まれ。3歳の時両親に連れられ飛伯。サンパウロ州立総合大学(USP)文学部を卒業後、当地総領事館の現地採用を経て、日本国外務省に本省採用された。2006年からベレン、ブラジリア、リオ、レシフェと主要な総領事館で公務を担った。2年後、一等書記官として在レシフェ日本国領事館長に就任、2015年には在サンパウロ日本国総領事館副総領事、2018年には在マナウス日本国総領事館総領事に就任、在中南米日本国総領事館では、女性初の総領事となった。2021年、日本に帰国。現在、日本ブラジル中央協会では常務理事を、海外日系人協会では理事の役職を担っている。

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Evento de exposição do Museu da Imigração “Arigatô Café” 22 de novembro a 31 de janeiro

    【Arigatô Café!】 Data: 22.11.2023 a 31.01.202418/12 a 05/01 fechado para feriado de fim de ano     Horário: terça a domingo, das 10h00 às 17h00 (última entrada às 16h00) ※Fechado todas as segundas-feiras Local: 9º andar, Museu da Imigração Japonesa BrasileiraTaxa de admissão:・Adulto 16 reais por pessoa・8 reais para maiores de

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