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秋の古本市

4月になり、季節は「秋」となりました。秋といえば「食欲の秋」「運動の秋」「文化の秋」と様々な「秋」が聞こえてきます。そんな秋の訪れにあわせ、文協ではみなさまの「読書の秋」を充実させるために毎年恒例「秋の古本市」を開催いたします。 「読書の秋」という言葉が、使われるようになった由来を知っていますか?中国・唐代の文人である韓愈(かんゆ)が残した詩の中に、「燈火(とうか)親しむべし」という一節があります。その意味は、「秋になると涼しさが気持ち良く感じられ、あかり(燈火)になじむようになる」。つまり、秋は読書に一番適した季節であるということを表現したこの言葉が、「読書の秋」の由来とされています。 秋は気温が14度~16度と脳の活動に最適な温度になるため、読書や勉強に没頭しやすい時期なんだそうです。サンパウロでは前述の温度になるまで、もう少しばらく待つ必要がありそうですね。 同古本市では、マンガ、辞書、子供用の本、小説、雑誌などたくさんの書を取り揃えています。皆様、お誘い合わせの上、是非お越しください。貴重な1冊にめぐり合えるかもしれません。 主催:文協図書委員会 日時:4月19日(日) 9時~15時まで 場所:文協展示室(図書室階下) Rua São Joaquim, 381 – Liberdade – São Paulo – SP (地下鉄サンジョアキン駅近く) ボランティア募集:図書委員会では古本市の準備、販売のお手伝いを募集しています。可能な日、時間帯でもかまいません。ぜひ、ご協力ください。 4月18(土) 朝9時集合 書籍整理、会場設営 4月19(日) 朝8時30分集合 図書販売 問い合わせ:(11) 3208-1755まで

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訃報 佐々木セツコ氏

文協評議員、援協会計理事、そして日伯友好病院理事を務めます、佐々木弘一氏のご母堂様佐々木セツコ氏がお亡くなりになりました。

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文協役員選挙について

4月25日の評議員定例会議におきまして、文協役員選挙が実施され、評議員会役員、理事会役員、監査役員が選出されます。なお、候補者は連記名簿を4月15日までに署名し文協事務局に提出が必須となります。 すでに選挙管理委員会は選挙カレンダーに基づき、正評議員らのもとへ25日に開かれる評議員定例会議の案内を送付しています。当日は2014年の活動報告および決算報告についての決議が行われ、その後に役員選挙が始まります。 以下、各役員会の役職選出人数となります。 評議員会 会長1名 副会長3名 幹事3名 理事会 会長1名 副会長7名 専任理事1名 会計専任理事1名 監査役会 監査役3名 各役職の候補者を候補者連記名簿(同じものを3部)に記入し、選挙が行われる10日前までに、文協事務局に提出する必要があります。詳しくは文協定款と選挙規定をご参照ください。当選挙につきまして、疑問がありご質問がある方は選挙管理委員会がお答えいたしますので、ご質問を添えて以下のアドレスにメールを下さい。 E-mail : secadm@bunkyo.org.br

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新文協評議員決定

3月28日(土)午前9時から第55回定期総会が文協貴賓室で開催され、評議員選挙により新正評議員50名と補充評議員25名が決定しました。 総会議長に吉岡黎明氏、また書記には国士館マレットゴルフ協会会長の福沢明氏が選出され、先亡会員に対する黙祷、木多会長の挨拶により総会は始まりました。 事前に郵便や直接事務局へ届けられた389票に加え、当日直接投票23票の計412票が選挙管理委員会によって開票されました。うち12票が無効、1票が白紙、結果399票が有効投票数となりました。 開票後、文協事務局で職員と文協青年委員会が中心となって投票データを打ちこみ、午後12時30分には結果発表が行われました。結果は以下の通りとなります。なお、以下の新評議員の任期は2019年4月までとなります。 文協評議員当選名簿 正評議員 順位 名前 代表 票数 1 社会福祉法人 こどものその 頃末アンドレ 305 2 小林ビクトル 292 3 希望の家 上村ジャイロ 284 4 二宮正人 283 5 吉岡黎明 272 6 モジ・ダス・クルーゼス文化協会 中山喜代治 271 7 サクラ中矢食品 中矢レナット 267 8 ニッポン・カントリークラブ 佐々木ワルテル 264 9 サンスイ・プラスチック工業 中林トシオ 262 10 ヤクルト商工 天野一郎 260 11 社会福祉法人救済会 憩いの園 吉安園子

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訃報 山中キクコ氏

3月31日(火)山中キクコ氏がお亡くなりになりました。104歳でした。(故)山中ヒロシ氏の妻であり、山中イジドロ氏、山中ススム氏、山中ヨシエ氏、小山ノリコ氏、山中ナオヨ氏の5人の御母堂様でもあります。 通夜・埋葬の詳細は以下の通りです。 通夜 場所:Cemitério da Paz, à Rua Dr. Luiz Migliano, 644 – Morumbi – São Paulo – SP    電話番号:(11) 3742-8584. 埋葬 場所:同上    日時:4月1日(水)15時~16時 心よりご冥福をお祈りいたします。

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文協次期会長の動向

3期6年に渡り文協会長を務めてきた木多喜八郎会長は4月25日をもって、その任期を終え、新会長が誕生します。 今現在、後任者は誰なのか?そして、新しい理事会がどのような顔ぶれになるのか?その動向に注目が集まっています。 文協理事会の第2副会長を務める山下譲二氏は長い間に文協理事会に所属をしています。今回の選挙において会長職候補として同氏の名前が挙がってましたが、本人は望んでいないことを表明しました。 木多会長は山下氏を会長職に導くことを抱き続けてきましたが、山下氏が受け入れなかったことを認めました。 3月17日、新たなる候補者を選出するべく木多会長は特別委員会を開き、第一副会長を務める呉屋春美氏を指名することが決定しました。決定後に同委員会は呉屋氏にその旨を知らせ、3月24日までに決断し、返事が欲しいことを告げました。 呉屋氏は25日には支援及び指導高等審議会会長の下本八郎氏と会合、同日の夜には地方理事も召集された文協理事会に出席し、会長に立候補する意思を正式に発表しました。26日には日系新聞社の記者たちを招き、記者会見を行いました。 呉屋春美氏 呉屋氏は12年前から文協の活動に携わり始め、2003年~2009年(上原幸啓会長時)の6年間は第2会計常任理事を務めました。その後2009年~2013年(木多喜八郎会長時)に第4副会長を歴任し、現在は第1副会長を務めています。 同氏は沖縄県で生まれ、5歳だった1958年にブラジルへと渡り、家族は北パラナのCambaraにあるコーヒー農園で働きました。その数年後、サンパウロ州Ourinhosへ引っ越しました。 1977年バレットス工科大学土木工学科を卒業後、自身の専門分野でもある土木工学関係の仕事に就きました。1986年にはサンパウロ州税務局に入局。 マリオ・コーバスサンパウロ州知事時の中野慶昭財務長官の下、州内刑務所ネットワークの情報技術化に尽力し、2013年には定年退局しました。 1990年、1996年にはJICA研修員として日本に渡り、国家税務行政研修とブラジルにおける行政改革研修に参加しました。2000年から2006年までABJICA(JICA研修生OB会)の会長を務めました。呉屋氏は同会での初めての女性会長です。 ブラジルの県人沖縄協会では2005年から2010年まで(与儀昭雄会長時)同会の理事を務めました。さらに沖縄県からウチナー親善大使として任命されて、活動をしています。 3月26日の午後に開催された記者会見で、呉屋氏は「周りからの指名により立候補することは決めたが、一番の思いは文協のために何かできることがあるから」ということを言及し、「より日系社会に大きく貢献したい」との抱負も語りました。

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SHIN KOIKE VIPレストラン in 文化まつり

第9回文協文化まつりにおいて当協会和食普及委員会の委員長を務め、また有名日本料理店として知られている「藍染」「酒蔵阿吽」のオーナーシェフ・小池信氏がVIPレストランを開きます。 同シェフはブラジルにおける日本食の普及に携わっています。 昨年、その功績が評価され「第8回日本食海外普及功労者表彰」を受賞しました。 小池シェフは普及活動の一環として、料理本「味覚の色彩・小池信の感性料理」を出版しています。 日本食の味覚や色彩、季節感を大切にした演出、そして素材の味を最大に引き出した料理がこの一冊に凝縮されています。 現在、和食は「料理」という枠を超えて「日本文化」の一部と位置づけられており、ユネスコ世界遺産に登録をされています。 今回、開かれるVIPレストランも多くの人たちに日本食を通して、日本を知ってもらいたいという願いが込められています。 今回のVIPレストランでは、そんな日本料理を堪能できる貴重な機会となります。 小池シェフが腕を振るった料理に舌鼓をうち、楽しいひと時を満喫してみてはいかがでしょうか。 御献立 前菜 野菜の煮物 鮭の塩麹和え ヒジキ煮 イカ飯 枝豆 寿司 鮪 鯛 鮭 帆立 鮪沢庵巻 梅キュウ巻 バラちらし 焼き物 コジノーバの味噌漬け焼き 鮭の南部焼 牛生姜焼 バラ骨付き豚バラ肉カレー風味焼き 若鶏の味噌風味焼き 揚げ物 パルミット挟み揚げ 野菜天婦羅 魚の磯辺巻揚げ とんかつ 碗子蕎麦 和菓子 葛餅 文協文化祭りVIPレストラン 日 時:3月22日 12時~15時まで 場 所:文協多目的ホール Rua São Joaquim, 381 – Liberdade – São Paulo

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井料堅治さん 初七日ミサのお知らせ

5月4日に老衰のためお亡くなりになった井料堅治さん(享年91)の初七日ミサが行われます 【日 時】5月11日(木)18時30分~【場 所】Paróquia São Francisco de Assis R. Borges Lagoa, 1209 – Vila Clementino, São Paulo – SP ご冥福をお祈りいたします 関連記事 – 訃報:井料堅治氏

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第15回文協総合美術展 – 4月1日より応募作品受付開始

文協総合美術展は、文協の美術委員会および工芸委員会によって、新人作家の育成と新進作家の発掘を目的に2007年から開催されています。昨年開催された第14回目の同展では、400を超える作品の応募作品の中から147名のアーティストによる279作品が選出され、文協文化ホールにて、それらの作品が展示されました。 本年度の第15回文協総合美術展は、ProAC(サンパウロ州文化活動プログラム)の支援を受け、10月に開催する予定です。それに向けた作品募集の受付は4月1日から開始、6月4日が受付最終日となります。 応募要項などの詳細については、3 月に、文協Web サイト (www.bunkyo.org.br) にて公開します。 お問合せ:工芸部門:artekoguei@bunkyo.org.br美術部門: artesplasticasbunkyo@gmail.com TEL: 文協事務局11 3208-1755 (担当-アウローラ) 2022年度 第14回文協総合美術展の作品は以下の通り。(画像をクリック)

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第66回パウリスタ賞授賞式

写真:第66回パウリスタ表彰の受賞者 ブラジル日報協会(林隆治会長)主催の「第66回パウリスタ賞授賞式」が3月4日、文協大講堂で開催され、38名が栄に浴しました。この「パウリスタ表彰」は、1956年、現在の邦字新聞である「ブラジル日報」のルーツともいえる今は無きパウリスタ新聞が、勝ち負け抗争によって分断状態にあった日系社会の融和を図ることを目的に、同紙創刊10周年記念事業として立ち上がりました。 写真:お祝いの言葉を述べるゲストとして出席した石川レナト会長 開始当時は「農民賞」「文学賞」「スポーツ賞」の3部門から、それぞれの分野の発展に貢献した日系人を表彰していました。時代の変遷とともに、「スポーツ賞」はそのままで、現在は「社会功労賞」「文化功労賞」となり、対象範囲も拡大されました。 文協関係者の中からは、今回、以下3名が受賞しました。おめでとうございます! 文協第一副会長 西尾 ロベルト 義弘 氏 南米銀行やホーワ工業に勤務。元クレスル(Creasul)取締役。元南米銀行取締役。元レイテ・トスト・バロス法律事務所弁護士。現ブラジル日本文化福祉協会(文協)の第一副会長。法務委員長。ブラジル日本移民史料館運営副委員長。宮坂国人財団理事長。伯日文化社会統合協会会長。サンタクルス日本病院審議員。日伯文化連盟評議会書記。旧南米銀行関係者の懇親団体である「なぎさ会」審議会員。日伯比較法学会評議員。ブラジル日系ゴルフ連盟副会長。伯日文化社会統合協会を通じた日系社会への支援の他、文協や移民史料館への貢献が評価され、2018年12月、日本政府より2018年の外国人叙勲「旭日双光章」を受勲。2019年4月、サンパウロ市議会から「パウリスタ名誉市民賞」を受賞した。(ブラジル日報より) 文協前会長 呉屋 新城 春美 氏 元ブラジル日本文化福祉協会(文協)会長。ブラジル沖縄県人会理事。沖縄県生まれで1958年、家族とともに来伯。1977年、バレットス中央教育大学建設エンジニア学科卒業。1986年に公務員試験合格。マリオ・コバス政権時に、サンパウロ州税務局の情報技術部門の創設に尽力した他、局長補佐などを務めた。1990年、JICA研修生として訪日。元JICA研修生OB会長。ウチナー民間大使。(ブラジル日報より) 第1常任理事 ウエダ マサミ 氏 1969年サンパウロ市生まれ。ゴルフ歴40年。文協第1常任理事。2015年からファゼンダ・ダ・グラマ・ゴルフ&カントリークラブ理事。幼少期からアルジャーゴルフクラブで、様々な大会に参加した。(ブラジル日報より)

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訃報:井料 堅治 氏

獣医として活躍した井料堅治さん(鹿児島県出身)が、5月4日の20時30分に老衰のためお亡くなりになりました。91歳でした。 去る2004年に、当時の小泉純一郎内閣総理大臣がご来伯された際に、1200人で埋め尽くされた文協大講堂での歓迎会の挨拶の中で「私にとってブラジルは外国ですが心情的には一番近い国なんです。」と話し、その理由として小泉首相が十代の時に親交が厚かったいとこの井料堅治さんがブラジルに移住したことを説明、「キャッチボールや勉強を教えてもらった。私にとって兄のような存在。いつかブラジルに行ってみたいと思っていた。」と話されました。それもあり、同氏は、文協では評議員会役員を務めるなど日系社会に対する貢献はもちろん、小泉純一郎元内閣総理大臣のいとことしても広く知られていました。 2023年5月5日(金)モルンビ墓地にて葬儀 午後3時に埋葬住 所: Rua Deputado Laércio Corte, 468 – Morumbi – São Paulo – SP 心よりご冥福をお祈りいたします

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四十九日法要のお知らせ:丹下セツ子先生

丹下セツ子先生 四十九日法要のお知らせ ブラジルで「丹下セツ子太鼓道場」を創設するなど日系社会の芸能分野において多大な貢献をされた丹下先生の四十九日法要が行われます  日 時:2023年5月7日(日)15時~ 場 所:文協ビル2階 貴賓室 丹下セツ子先生の記事はコチラ

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追悼:秀島 マルセロ 氏

文協の第二副会長の秀島マルセロ氏が、2023年2月1日の夜、共同経営するAlfa Alimentosの仕事から帰宅後、心臓発作により、自宅でお亡くなりになられました。53歳でした。妻と娘さんとの3人家族でした。 通夜は2月2日の14時~22時と3日の午前6時~午前8時、文協文化ホールにて行われました。(R. São Joaquim, 381 – Liberdade – São Paulo 文協ビル地下1階) 葬儀は2月3日午前11時より、Jardim Horto Florestal墓地にて行われました。(Rua Luiz Nunes, 111 – Parque Ramos Freitas – SP) 秀島マルセロ氏 移民一世とは違い、日系社会に対して関心が薄くなりがちなブラジル生まれの日系人青年らを、上手くまとめていたのが青年時代の秀島氏でした。その人望と手腕を必要とした文協は秀島氏を招き入れ、早速秀島氏は、1997年の文協青年部の発足に際して、主導的役割を果たしました。その活動を軌道に乗せた後の2005年、今度は35歳という若さで文協の副会長に抜擢され、活動の幅を広げました。 以下、2006年11月25日に、文協貴賓室で行われた「文協創立50周年記念座談会」の冒頭に行われた参加者の自己紹介から抜粋します。 秀島マルセロ、36歳で既婚です。私の文化団体での活動は、 ツクルヴィ協会の日本語学校へ入った9歳の時から始まります。16歳でこの協会の青年会長になり、 イベントや各種競技の組織づくりを活発に行ない、 同協会の会長になりました。そして当時15団体を擁していたサンパウロ北部連盟に参加しました。統合こそ日系人の交流を促進し、 強化する手段だと考えるので、これは極めて重要な経験でした。ただ北部地区だけだったため他地区の団体は知りませんでした。そこで友人のグループとサンパウロ慈善インテルカイカンを設立しました。1994年にはサンパウロ各地にある11団体を集め、それが大きな交流の方法であると考え、1995年には16団体、スポーツ、文化、慈善など様々な部門の青年 1,200名をまとめました。1996年のイベント開催において、寄付のための食料品を19トン集めたときは最高の喜びでした。その後、林アンドレさんがいた文協の日系団体再活性化委員会に呼ばれ、議論したときに、将来の再活性化について、この委員会が所属している文協自体に青年がいないことを大いに話し合いました。そのため当時の山内会長は青年文協、現在の文協青年委員会を創立するため、 あらゆる支援をして下さいました。1997年のことで、当時の青年文協は青年団体リーダーたちの集りで、アイデアを交換する場でもありました。この交流は極めて健全であると考えたので1999年に役員になったとき、 ABEUNI、ASEBEX、 青年会議所、 文協青年委員会と慈善インテルカイカンの5団体の会長で、これらの団体を統一し、 それぞれのメンバーの育成を一層強化し、 共同活動を通じて日系社会および社会一般のために何かを促進するグループを結成するアイデアが生まれました。このアイデアの推進者であった林アンドレさんは、文協の政策を議論するため、 ABEUNI、 ASEBEX、青年会議所と青年文協を召集し、 私も再活性化委員会のメンバーとして参加しました。こうして結成したG5の統合は極めて重要であったと思います。2000年には5団体の会長が集って連合会を作り、 現在まで続いています。この間、 私は希望の家※に呼ばれ、 その第1副会長ををしており、 文協、 交流協会にも参加しております。 ※重度知的障害者が入居する福祉施設「希望の家福祉協会」         (2007年4月発行 ブラジル日本文化福祉協会創立50周年記念「文協50年史」より抜粋) このような秀島氏を、誰もが、近い将来、ブラジル日系社会全体を牽引する指導者になるだろうと信じて疑いませんでした。 その秀島氏の、突然で、そして早すぎる逝去の報は、日系社会全体にどれ程の衝撃と悲しみを与えたかは、言うまでもありません。 急遽開催した文協文化ホールでの通夜には、次から次へと届けられた77基の花輪で会場が埋め尽くされました。そして弔問客も途絶えることがなく、約1000人※が来館し、秀島氏との最後の別れのひと時を持ちました。※受付で記帳した方々は約600名ですが、記帳のために大勢の人々が並んでいたため、記帳をせずに帰られた方も沢山いらっしゃいました。また家族で来られた方は殆どが代表者1名のみの記帳でしたので、弔問客はゆうに1000人は超えていると推測します。

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ブラジル日本青年会議所 新会頭に照屋ウーゴ氏

写真:左から照屋ウーゴ新会頭 , 関口ひとみ文協顧問 , 岩本レアンドロ前会頭 ブラジル日本青年会議所(JCI Brasil-Japão、JCIBJ)は、2月13日に「2023年役員就任式」を文協貴賓室で開催、照屋ウーゴ新会頭(三世/34歳/弁護士)の就任を、集まった150人が祝しました。 照屋ウーゴ氏は、2010年に沖縄県人会ビラカロン支部の青年部のリーダーを務めて以来、日系社会とのつながりを維持しています。もともとサンパウロ大学生援護連盟(ABEUNI-Aliança Beneficente Universitária de São Paulo)※で活動しており、ブラジル日本青年会議所には2014年から所属。文協には、2019年から文協青年委員会の活動に加わるようになり、現在は文協理事会の専任理事を務めています。 ※ABEUNIは、50年代から活動していた日系医学生を中心とした「ABENIBRA」(日伯援護協会の大学生支部)が前身となる団体で、サンパウロ州の貧困地域、孤児院などで医療や教育のボランティア活動を行っている。前身のABENIBRAでは、日系人に対して無料健康相談を行っていたが、その枠を取り払いサンパウロ州全土の住民へとその対象範囲を拡大した。また、日系の医学生が中心だった活動メンバーの枠も広げ、学生もしくは学位取得者であればどの分野の専攻でも参加できるようになった。 照屋ウーゴ 新会頭 所信表明 新任の挨拶にたった照屋新会頭は、まず、前年度の岩本レアンドロ会頭とその執行役員らの労をねぎらい感謝の言葉を述べました。 そして、前執行役員が開始したプロジェクトを今後責任を持って展開していくと話しました。 また、日系団体およびスポンサーとの関係強化を図り、その上で、ブラジル日系団体とつながりのある学校との共同行動を模索し、次世代を率いる青年層のリーダーシップ資質向上のために、弁論練習の重要性を学校関係者に認識させる活動をしていきたい、と述べました。 また、会場に駆け付けた両親に対しては、夢を実現し続けられるよう常に最高の環境を提供するために努力してくれたことに、また、婚約者であるタミレスさんに対しては、いつもそばで励ましてくれることに対し、心からの感謝の意を表しました。 写真:左から婚約者のタミレスさん , 父親のイサオさん , 母親のマサコさんとウーゴ新会頭 そして最後に、照屋新会頭が兄のように慕っていた、2月1日に急逝した秀島マルセロ氏が、生前、常に語っていた言葉を引用し、所信表明を締めくくりました。 ベストを尽くそう! どんなことでも、簡単なことでも、常にベストを尽くそう。 どんな簡単な仕事でも、どんなことでも、常にベストを尽くそう!

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