2012年文化社会事業統括委員会

2- 文化社会事業統括委員会

2.1 – 図書・映画委員会
1)図書館(蔵書約6万冊 )、ビデオ・ライブラリーの運営管理(VHS約4千本)
2)古本市の実施(展示室で4月と11月)
3)「水曜シネマ」の実施(大講堂)
4)「水曜フリマ」の実施(第1水曜、大講堂前ホール)
5) 月1回、邦字紙に「文協図書・映画便り」を掲載

2.2 – 美術委員会
1)第49回児童絵画教室の実施 (1月17~23日、15号室)
2)第6回文協総合美術展の開催 (10月6~14日、大講堂、貴賓室、展示室、日系美術館、会議室)
3)児童絵画展を農協婦人部協会(ADESC)と共催
4)第39回文協絵画教室生徒展 (講師:近藤敏、12月、15号室)
5) ブラジル日系美術館の運営

2.3 – 工芸委員会
1)美術委員会と共催で第6回文協総合美術展を実施
2)パイオニアの作品展、「ブラジル工芸史」展(3月10日、貴賓室)を実施

2.4 芸能委員会
日本部門
1)芸能祭の団体と個人出演者の選考(4月1日、大講堂、13、14号室)
2)第47回芸能祭の実施 (6月23、24日、 大講堂、13、14号室、貴賓室、展示室)

2.5 -国際部門
1)第41回「国際民族舞踊祭」の実施(9月22、23日、 大講堂、13、14号室、展示室)

2.6 -音楽委員会
1)ドミンゴ・コンサートの実施(3月18日、5月27日、7月22日、9月16日、12月2日、7月はポンペイア、その他は小講堂)

2.7 -会員拡充委員会
1)会員獲得のためのイベント実施
2)文協の資金調達を兼ねた各種イベントの企画・実施
3)慈善ダンス夕食会「第6回ハワイの夜」(5月12日、大講堂前ホール)の実施
4)慈善バイレ(9月22日、体育館)の実施

2.8 -文化祭り委員会
1)第7回「文化祭り」の実施(5月26、27日、13~15号室、貴賓室、小講堂、展示室、体育館)

2.9 -生け花委員会
1)文協主催「文化祭り」に参加

2.10 – コーラス委員会
1)冬のコンサート実施 (6月または7月、小講堂)
2)式典等における日伯両国歌の斉唱

2.11 -学術研究費基金委員会
1)日系研究者協会特別賞応募者の選考(分野:衛生学、生物学、バイオ医学、地質学)
2)学術研究功労者の選考

2.12 – にっけい文芸委員会
1)第42回「にっけい文芸賞」(日語、ポ語、マンガ部門)の選考と授賞式の実施
2)第3回全伯俳句大会(8月19日、13、14号室)の開催

2.13 -和食普及委員会
1)ブラジルと日本の和食シェフの交流を推進する
2) SENACとの連携イベント(2011年度)のように、国内の和食普及に努める

ニュース

報告:筑波大学が石川レナト氏に筑波大学名誉博士号を授与

2026年2月9日、文協貴賓室には、日本の筑波大学の永田恭介学長をはじめとする大根田修副学長、福重瑞穂教授といった筑波大学関係者の錚々たる顔ぶれが揃いました。 今回の来伯は、筑波大学による「日本留学海外拠点連携推進事業(Study in Japan)」の南米拠点活動10周年記念式典開催のためでした。 滞りなく式典が進行され、コーヒーブレイクを挟んだ後、満を持して永田学長が、石川レナト文協名誉会長の登壇を促し、主催者である筑波大学によって準備されていた『サプライズ』が始まりました。そのサプライズとは、石川氏に対し、筑波大学名誉博士号を授与するというものでした。

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報告:石川レナト第13代会長プレート除幕式

写真左から:平野文協副会長,西尾文協会長,石田オルガ夫人,鈴木在聖総領事,野口在駐大使,石川レナト名誉会長,在浜松ブラジル国総領事館アルデモ・ガルシア総領事 2026年1月23日、文協理事会メンバーおよび文協地方理事らに加えて、野口泰駐ブラジル日本国大使、在サンパウロ日本国総領事館の鈴木誉里子総領事、ブラジルに帰国中であった在浜松ブラジル総領事館のアルデモ・ガルシア総領事といった来賓も出席する中、現文協名誉会長である石川レナト氏の会長在任期間を記念するプレート(銘板)の除幕式が執り行われました。 会長室には、歴代の文協会長を称えるギャラリーがあり、鋼鉄製のプレートが設置されています。プレートには会長の写真だけでなく、その任期中に理事会を務めたメンバーの名前も刻まれています。今回の式典の主役である石川氏は、2019年4月から2025年4月までの計三期にわたり、会長を務めました。 文協の西尾ロベルト義弘現会長は、組織の基盤を築き発展させてきた歴代会長たちを称えることの重要性を語るとともに、名誉会長である石川レナト氏のこれまでの献身的な功績を高く称えました。 続いて石川名誉会長は「6年間の任期中、若者の参加を促すこと、そしてここブラジル国内、ラテンアメリカ、日本の関連団体や人々との連携を強化することを最優先に考えてきました。」と語りました。そして、晴れやかな笑顔で「非常に濃密な6年間でした。今ではもう、あの頃が懐かしく感じられます。」と付け加えました。

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