講演会「日系社会の活性化」3月6日19時~

seminario-revitalizacao-regional-r 「日系社会の活性化」。今、ブラジル日系社会の“中”にいる人、またはブラジル日系社会の“近く”にいる人は、この言葉に目を奪われずにはいられないでしょう。なぜなら、現在の日系社会の現状を知っているあなたは、活性化の緊急な必要性を肌で感じているからです。

みなさんがご存知のとおり、1908年の笠戸丸を皮切りに日本人のブラジル移民の歴史がスタートしました。二度の世界大戦の後、1951年に日本とブラジルの国交が回復したことを受けて、ヴァルガス大統領は日本人移民の受け入れ再開を認め、1953年から移民の送り出しが再開され、日本政府による施策が行われたこともありブラジルへの移民数は年々増加し、1959年に日本人移民は年間で7000人を超え、延べ移民総数は13万人に達しました。この時点でブラジル日系社会は最盛期を迎えました。多くの日系人は大学を卒業し、ブラジル一般社会で大きな成功を収めました。

そして、最初の正式移民がブラジルに渡って100年を超えた現在は、日系ブラジル人6世も誕生した他、日系人以外のブラジル人と結婚するケースも増え、約140万人にのぼる日系ブラジル人は完全にブラジル社会に同化し、多民族国家であるブラジル社会に大きな存在感を示し続けています。この様な同化の流れを受けて日系コロニアは縮小したり、周辺地域と同化して消滅する傾向にあります。さらに日系人の中心地であったリベルダージにおける日系人の空洞化も顕著になり、いくつかの商店は後に来た中国系や韓国系の新移民に買い取られ、日本人街は東洋人街(Bairro Oriental)と名を変えました。

では、一体何が問題なのでしょうか。日系社会が減少・縮小していることが問題なのではありません。それは人類の歴史の流れの中で起きていることであり、誰かや何らかの団体が必死に努力したところでその流れを変えられるわけではありません。今問題となっているのは、その縮小しつつある日系社会が“活気”をなくしていることなのです。社会や家族の単位が小さくなるとそれまでの元気、活気、意欲が失われていくのは自然なことです。しかし、そうなるがままに任せておくなら、いずれ日系社会は抜け殻になってしまいます。日本の文化、伝統、精神という、1908年以来多大の努力と犠牲を引き換えに代々継承されてきた“1世からの相続遺産”は消滅し、日系社会というのは名前だけで実質のない存在となってしまうでしょう。

だからこそ今回行なわれる三木氏による「日系社会の活性化」というテーマのもとに行なわれる講演は、わたしたち日系社会を構成する者たちの注意を引き付け、日系社会の一部をなす者としての意識や生き方に良い影響を与えるものとなるに違いありません。人生の成功、日系社会の未来はあなたの“思考”にかかっているのです。

このタイムリーな講演会にみなさんをご招待いたします。

講演者のプロフィールをご紹介いたします。

1.名前:三木義男(69歳)

2.現職:価値創造経営研究所 代表 (コンサルタント会社)
・JICA委託業務KITA(北九州国際技術協力協会)のコースリーダー
・西日本工業大学非常勤講師
・日本規格協会専任講師など

3.職歴:TOTO(株)業務改革推進本部
東和大学特任教授
KITAコースリーダー

4.コンサルタント実績:中小企業総合事業団、日本能率協会、日本規格協会、行政機関、中小企業、病院など

日時:3月6日(木)19時
会場:文協貴賓室 Rua São Joaquim, 381 Liberdade – SP
(地下鉄サンジョアキン駅より徒歩5分。駐車場あり→Rua Galvão Bueno 540)

ニュース

訃報:清原 健児 氏

2026年5月7日、清原健児氏がお亡くなりになられました。80歳でした。通夜は同日午前10時より、モルンビー墓地(Rua Dep. Laércio Conte, 408

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ご協力ありがとうございました🆘ペルイベ市豪雨被害

ブラジル日本文化福祉協会西尾会長とぺルイベ市のウラグチ市議 2026年4月7日、サンパウロ州ペルイベ市で3月に発生した大雨災害の被災者に向けて文協に届けられた皆様からの支援物資を、同市のフェルナンド・ウラグチ市議に引き渡しました。 詳細は、ブラジル日報「ペルイベ水害に支援の輪=文協が物資届け復旧後押し」をご覧ください。 関連記事:SOS ぺルイベ市

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文協青年委員会 ハナオカ・ユカリ 新委員長 就任式

1997年に設立された文協青年委員会は、現在約150人のボランティアを擁しており、去る3月21日に新しい役員体制で活動を開始しました。今回の体制の特徴は、主要な役職に女性が多く就いている点です。 会長には心理学者のジャクリーヌ・ユカリ・ハナオカ氏が就任し、副会長にはブルーナ・デ・ソウザ・ド・オー氏、イザベラ・ベルベル・カイ氏、ジュリア・ナオミ・オニヅカ氏、タイス・シモニシソノ・カルヴァーリョ氏といった、女性たちが就任しました。 委員会の16の役職のうち9名を女性とした理由について、ハナオカ会長は率直にこう述べています。 「副会長に4人に全員女性を配置したのは、個人的な必要性からでした。まず、現在、ブラジル日系社会全体において、重要な役職に就いているのは殆どが男性だと言えます。そのような男性たちに囲まれる中で、会長として自分がより安心し、支えられていると感じるためです。そして女性がリーダーとしての場に立ち、自らの世界観や知恵、能力、感性、そして知性を共有できるよう、より多くの機会を広げたいと考えました。」 続けて「ただし、この役員メンバーには、多くの能力や感性、意欲、創造性をもたらしてくれる男性メンバーももちろん、参加しています。」と述べました。

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報告:日本館 再開館式

新しく亜鉛メッキで塗装された展示館の屋根 2026年4月25日、晴れ渡った土曜日の朝の光に包まれた日本館はいっそうの輝きを放っていました。この日、約100名の招待客を集めて日本館の再開館式が行われました。 招待客の一人、イビラプエラ公園を管理するウルビア(Urbia)社の総支配人サミュエル・ロイド氏が、挨拶で述べたように、ここは「イビラプエラ公園の宝石」と称えられる場所です。 日本館は、2025年末から一時閉館とし、経年劣化が進んだ箇所(木材や植栽)の修復、展示館の屋根の葺き替え、そして新しい木製ベンチの設置など、各所の改修工事を行いました。 日本館運営委員会の奥原常嗣委員長は、今回の再開館の式典を執り行うにあたり、修復作業の実施を可能にしてくれた個人、団体、企業へ感謝を伝えることがこの式典開催の目的であると述べました。また、委員長として、イビラプエラ公園において、唯一のブラジル国外の空間と捉えるこの場所の保存と日系社会の団結を促進したいと語りました。

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