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白寿者表彰 – 1919年生まれ 99歳の方はいませんか?

記:2018年2月16日  今年度も文協は、満99歳の方々を祝賀する「白寿者表彰」の準備を始めており、国内すべての日系団体に対して、1919年生まれの方が居れば連絡をくださるよう、申請用紙を同封した手紙を送付しています。 今年度は1919年(大正8年)生まれの方が白寿を迎えますが、過去に白寿を迎えたものの、まだ表彰されていない方も対象となっています。 白寿表彰は、私たちのかけがえのない尊敬すべき大先輩方が、それにふさわしい敬意を表されるべく、舞台に上がる感動的な瞬間となっています。 みなさんのご家族や知り合いの中に該当者がいれば、最寄の日系団体に連絡するか、もしくは、下の申請用紙に必要事項を記入し、3×4の写真1枚とRG( もしくはRNE)やパスポートなどの証明書類のコピーとともに、5月11日(金)までに文協へ郵送、またはe-mailにてお送りください。 尚、表彰式は2018年6月24日(日)午前9時より、文協大講堂にて行ないます。おひとりの該当者に対してお祝いに来られる方の人数制限はなく、より多くの方の参加をお待ちしています。また当日、御本人の参加が難しい場合は、代理人の出席でも差し支えありません。 ≫≫申請用紙ダウンロード 書類の送り先: Sociedade Brasileira de Cultura Japonesa e de Assistência Social – Bunkyo Rua São Joaquim, 381 – Liberdade – CEP 01508-900 – São Paulo – SP 問い合わせ: (11) 3208-1755, com Chika ou Regina Eメール: site@bunkyo.org.br

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2018年-CIATE 昭栄奨学金 次期奨学生 応募受付中

記:2018年2月14日 国外就労者情報援護センター(CIATE)と宮坂国人財団による、出稼ぎ経験者およびその出稼ぎ子弟を対象とした奨学金プログラム「昭栄奨学金」の次期奨学生(大学生)の応募受付が2月1日から文協ビル1階の国外就労者情報援護センター(CIATE)事務所にて始まっています。 窓口は午前9時から午後5時半まで。締め切りは2月28日。 この奨学金は、1960年代に(有)ブラジル拓殖組合の共同経営者として活動していた日本の織物会社である昭栄(株)(現ヒューリック(株))の寄付によるものです。 数年前に昭栄ブラジル支社を閉めるにあたり、ブラジルに残された休眠資産の約86万レアルが基となっており、出稼ぎ帰り子弟などの教育問題解決に充てられています。 同奨学金の対象者は、35歳までの出稼ぎ経験者および日本において最低1年間の教育を受け、今年度よりブラジル国内の大学に入学した人。 さらに、世帯収入が一定の金額以下で、他に同じような援助を受けていないことが条件となります。 尚、奨学金は学部課程終了まで給付されますが、支給中には就学状況に関する報告書や、学期ごとの成績証明書の提出や、CIATEがイベント等開催する際の手伝いなどの義務が生じます 詳細 応募受付期間:2月1日~28日 受付時間:9時~17時 場所:国外就労者情報援護センター(CIATE)-文協ビル1階(Sala11) お問い合わせ:Tel 3207-9014 / e-mail andrezza@ciate.org.br 必要書類 1. 記入済みの申込用紙と3×4のカラー顔写真1枚 申込用紙はココをクリックしてください。 2. 大学入学証明書(今年度) • 学部の受講証明書と講義の開始日、終了日の証明書 3. RG (または RNE) とCPFのコピー 4. 住居証明書のコピー (電気、水道または電話等の請求書で名義は家族や親戚) 5. ブラジルに住む家族や本人の所得証明書のコピー • 雇用契約による労働の場合:最新3ヶ月分の給与明細書 • 雇用契約による労働でない場合:毎月の収入証明書 • 失業中の場合:労働手帳による失業証明もしくは失業保険需給証明 • 自営業の場合 :職種、住所、月々の収入等を個人で作成、または年金払い込み証明書 (INSS) 6. パスポートのコピー:顔写真記載ページと日本に滞在していたことを証明するページ 7. 日本滞在時の履歴:本人とその家族の仕事や学校の軌跡を全部書き出してください。 • 元学生は、高校の終了証書を持参。 • 元従業員の場合は、3か月分の給与証明か源泉徴収票。 8. 高校の成績表(日本またはブラジル) 9. 公的または私的機関(大学自体を含む)からの全額または部分的な奨学金、または本 が働いている会社からの教育援助を受けていないという証明書

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『Bee Gees』慈善カバーコンサート=こどものその 

記:2018年2月9日 社会福祉法人こどものその(頃末龍彦アンドレ理事長)が、同法人創立60周年を記念し、3月10日(土)20時より文協大講堂にて『Legends Never Die-Bee Gees Alive』カバーコンサートを開催します。 Bee Geesの懐かしい名曲の数々をお楽しみください。 尚、コンサートの収益金は、こどものその運営費に充てられます。 Bee Gees(ビージーズ)とは Bee Geesは、英国王室属領マン島生まれのイギリス人のギブ三兄弟を中心に構成された、男性ボーカルグループ。1963年にオーストラリアよりレコードデビューし、1973年からは米国を中心に活動。1960年代前半から息の長い活動を続け、「トゥ・ラブ・サムバディ」「Massachusetts」「メロディ・フェア」「若葉のころ」「イン・ザ・モーニング」「ホリディ」「アイ・スターティド・ア・ジョーク」「傷心の日々」「ラン・トゥ・ミー」「ブロードウェイの夜」「獄中の手紙」など、数多くの名曲を発表した。ポップなメロディ・メイカーとしては、レノン=マッカートニーやビヨルン&ベニー(ABBA)らと並ぶ、名ソング・ライター・チームとして知られている。(ウィキペディアより) ショータイトル: Legends Never Die – Bee Gees Alive 日時: 2018年3月10日(土) 20時~ 場所: 文協大講堂 Rua São Joaquim, 318 – Liberdade – São Paulo – SP (外注駐車場 : Galvão Bueno, 540 / 最寄駅:メトロ サンジョアキン) 入場料: A席 R$ 80,00 / B席 R$

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『ブラジル日本移民110周年記念第一弾リッファ(協力券)』キャンペーン締切り迫る!

ブラジル日本移民110周年記念祭典委員会が、記念事業の資金集めのため展開している、リッファ(協力券)販売締切りが、2月14日に迫っています! このキャンペーンは、ブラジルトヨタとファストショップからの多大な協賛を得ており、商品は下記の通りです。 第1等:トヨタ・プリウス1台 MY High 、2017年最新モデル、ホワイトパールカラー、ハイブリッド式(電動モーターとガソリン) 第2等:キャノン社の一眼デジタル・カメラ「EOS」 第3等:パナソニック社の40インチ大型テレビ 第4等:ソニー社のスマートフォン「エクスペリア」XA4G 第5等:パナソニック社の電子レンジ 価格:1枚R $ 35.00 ※チケット10枚の販売協力をいただいた方には、1枚分を贈呈します。 販売場所:文協事務所及び、同会館内2階の110周年委員会事務所 抽選は来年2月24日に行われます。尚、税金や諸経費を除くリッファ販売による収益金は、記念式典開催及び国士舘再開発事業に充てられる予定です。 お問い合わせ:電話(11)3208-5519 /(11)3209-3875 マサミまたはカティア。 (11)308-1755 文協事務局まで。 電子メール 110anos@bunkyo.org.br

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故 田中信さんの蔵書1534冊が、文協図書館へ寄贈

ブラジル日本商工会議所会頭、PLゴルフクラブ理事長を歴任し、昨年10月に亡くなった田中信(まこと)氏の蔵書1534冊が、親族ニウセさんのご厚意により文協図書館へ寄贈されました。 寄贈いただいた本は、商工会議所会頭だった田中氏らしく、経済に関する内容のものが多くありましたが、それ以外にも海外や日本の文化についての本や小説、写真集なども含まれており、内容、状態とも、良い本が沢山揃って届けられました。 これらの本は、分類分けをした後、蔵書として管理されるほか、一部を古本市にて販売することなども検討しています。 田中 信氏(享年89) 1928年3月31日、山梨県に生まれる。 1973年に来伯後、銀行や監査法人に勤務し、1994年に定年退職。 2003年にブラジル日本商工会議所会頭に就任後、2009年に退任するまでの6年間職務を全うする。その後PLゴルフクラブ理事長を務めた。

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報告:2018年ブラジル日本移民110周年記念 新年祝賀会

「日系人最大のコミュニティがあるこの市の市長であることを、誇りに思います。」サンパウロ市長のジョン・ドリア氏は1月7日、Tivoli Mofarrej São Paulo で開催されたブラジル日本移民110周年記念祭典事業の最初の公式イベントである新年祝賀会に参加した際の挨拶で、こう強調しました。 予定より約10分遅れて、同市の国際関係を担当するブルーノ・コバス副市長と共にホテルのドアに降りたったドリア市長を、110周年記念祭典委員会の役員達が出迎えました。 その足でまずドリア市長は、日本移民に関する史料写真や、ブラジルいけ花協会によって飾られたいけ花をご覧になられ、裏千家ブラジルによってたてられたお茶を召し上がりました 。 その後、380人のゲストが待つ会場に向かったドリア市長は、入り口に待機していた文協コーラスメンバーにもにこやかに挨拶され、その際短い動画を撮影しました。そしてその動画はすぐさま、ソーシャルページ(@jdoriajr)に投稿されました。 暖かい拍手の中入場したドリア市長は、多くの出席者から求められた握手にも快く応じられ、なかなか用意された席まで、たどり着くことができないほどでした。 新年祝賀会 参加団体 ブラジル日本移民110周年記念祭典の最初の公式イベントに合わせて、この日、裏千家ブラジルセンターが「初釜」を、ブラジルいけ花協会が「初いけ」を披露しました。 この式典の為に、裏千家ブラジルセンターやブラジルいけ花協会、サンパウロ総領事館、ブラジル日本移民110周年祭典委員会の多くのメンバーが、数ヶ月にわたって共に協力し合い準備を進めてきた甲斐あってTivoli Mofarrej São Paulo Hotelで開催された昼食込みの新年祝賀会は、用意した380席全席が満席となる程の大盛況となりました。 また、文協女性コーラス隊によって、日本とブラジルのそれぞれの国歌斉唱、加えて、「1月1日」「きしゃぽっぽ」などの日本の童謡なども披露され、式典に華を添えました 。 昼食の際には、日本の伝統楽器であるShen Ribeiro氏の尺八と、Tamie Kitaharaさんの琴の二重奏によって、「六段の調」と「春の海」が奏でられ、人々を魅了しました。 また、Paulo Murozaki氏(バンドソリン、ギター)、Murozaki Michikoさん(キーボード)、San Jun Yun氏(サクソフォン)、Dior Marcelo da Silva Regis氏(パーカッション)、Miyagawa Nobuyuki氏(ベース)の「NAK」によるバンドにより、日本の曲「茶つみ」や「荒城の月」「ふるさと」を、ブラジルの曲「Feitiço de Oração」「Feitiço da Vila」が演奏され、会場を盛り上げました。 荘厳な式典 「ブラジル日本移民110周年を迎えた今この時、私の抱くこの感情は、決して言葉だけで言い尽くすことができません。」 挨拶に立った、ブラジル日本移民110周年記念祭典委員長でもあり、ブラジル日本文化福祉協会の会長でもある呉屋春美会長は、こう話しました。 「私もまさしく、移民のうちの一人であり、60年前、私が5歳のときに家族とともにブラジルに到着しました。私たちも、ブラジルに移民した多くの国の人々と同じように、はっきりとした未来を想像することはできませんでしたが、希望だけは大きく持っておりました。」と続き「現在、ブラジルに暮らす日系の子孫達は、すでに第6世を数える時代となっています。私たちが今こうして、ブラジル社会から信用を得て暮らすことができるのは、開拓者達の積み上げた基盤ゆえだと、感謝してもしきれない思いです。 そしてまた、私たち移民を歓迎し、私たちのルーツを残すチャンスを与えてくれた寛大なブラジルにも、感謝の気持ちでいっぱいです。」と語りました。(詳しくは新年の挨拶文をお読みください) 呉屋会長に続いて挨拶に立った、在サンパウロ日本国総領事の野口 泰氏は、日本人のブラジル移民は、ブラジル社会全体の発展に多大なる貢献をしたことは明らかだと話しました 。 ドリア市長は挨拶の中で「私は3回ほど日本を訪ねたことがある。」と話し「活気に満ちていること、秩序正しいふるまい、勤勉さ、日本の国にあるその全てに魅了された。」とし「まさしくそれは、ブラジルの日系移民の中に見るのと同じDNAであった。私たちはこの日系コミュニティーから、多くを学ばなければならない。」と話しました。 最後にドリア市長は日本語で「アケマシテ オメデトウ ゴザイマス。コトシモ ヨロシク オネガイシマス」と挨拶し、会場から大きな拍手が沸きおこりました。 ドリア市長の挨拶の後は、ブラジル都道府県人会連合会の山田 康夫会長の先導によって万歳三唱が行われ、鏡開きへと続きました。 次の予定のため、ブラジル日本移民110周年記念式典行事を担当、統括するコバス副市長を残し、ここで退席を余儀なくされたドリア市長でしたが、入場時と同様多くの出席者からの握手攻めにあったため、会場の出口に向かうまでのほんの短い距離に約10分も要しつつ、名残惜しそうに会場を後にしました。 写真提供:Gabriel

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井料堅治さん 初七日ミサのお知らせ

5月4日に老衰のためお亡くなりになった井料堅治さん(享年91)の初七日ミサが行われます 【日 時】5月11日(木)18時30分~【場 所】Paróquia São Francisco de Assis R. Borges Lagoa, 1209 – Vila Clementino, São Paulo – SP ご冥福をお祈りいたします 関連記事 – 訃報:井料堅治氏

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第15回文協総合美術展 – 4月1日より応募作品受付開始

文協総合美術展は、文協の美術委員会および工芸委員会によって、新人作家の育成と新進作家の発掘を目的に2007年から開催されています。昨年開催された第14回目の同展では、400を超える作品の応募作品の中から147名のアーティストによる279作品が選出され、文協文化ホールにて、それらの作品が展示されました。 本年度の第15回文協総合美術展は、ProAC(サンパウロ州文化活動プログラム)の支援を受け、10月に開催する予定です。それに向けた作品募集の受付は4月1日から開始、6月4日が受付最終日となります。 応募要項などの詳細については、3 月に、文協Web サイト (www.bunkyo.org.br) にて公開します。 お問合せ:工芸部門:artekoguei@bunkyo.org.br美術部門: artesplasticasbunkyo@gmail.com TEL: 文協事務局11 3208-1755 (担当-アウローラ) 2022年度 第14回文協総合美術展の作品は以下の通り。(画像をクリック)

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第66回パウリスタ賞授賞式

写真:第66回パウリスタ表彰の受賞者 ブラジル日報協会(林隆治会長)主催の「第66回パウリスタ賞授賞式」が3月4日、文協大講堂で開催され、38名が栄に浴しました。この「パウリスタ表彰」は、1956年、現在の邦字新聞である「ブラジル日報」のルーツともいえる今は無きパウリスタ新聞が、勝ち負け抗争によって分断状態にあった日系社会の融和を図ることを目的に、同紙創刊10周年記念事業として立ち上がりました。 写真:お祝いの言葉を述べるゲストとして出席した石川レナト会長 開始当時は「農民賞」「文学賞」「スポーツ賞」の3部門から、それぞれの分野の発展に貢献した日系人を表彰していました。時代の変遷とともに、「スポーツ賞」はそのままで、現在は「社会功労賞」「文化功労賞」となり、対象範囲も拡大されました。 文協関係者の中からは、今回、以下3名が受賞しました。おめでとうございます! 文協第一副会長 西尾 ロベルト 義弘 氏 南米銀行やホーワ工業に勤務。元クレスル(Creasul)取締役。元南米銀行取締役。元レイテ・トスト・バロス法律事務所弁護士。現ブラジル日本文化福祉協会(文協)の第一副会長。法務委員長。ブラジル日本移民史料館運営副委員長。宮坂国人財団理事長。伯日文化社会統合協会会長。サンタクルス日本病院審議員。日伯文化連盟評議会書記。旧南米銀行関係者の懇親団体である「なぎさ会」審議会員。日伯比較法学会評議員。ブラジル日系ゴルフ連盟副会長。伯日文化社会統合協会を通じた日系社会への支援の他、文協や移民史料館への貢献が評価され、2018年12月、日本政府より2018年の外国人叙勲「旭日双光章」を受勲。2019年4月、サンパウロ市議会から「パウリスタ名誉市民賞」を受賞した。(ブラジル日報より) 文協前会長 呉屋 新城 春美 氏 元ブラジル日本文化福祉協会(文協)会長。ブラジル沖縄県人会理事。沖縄県生まれで1958年、家族とともに来伯。1977年、バレットス中央教育大学建設エンジニア学科卒業。1986年に公務員試験合格。マリオ・コバス政権時に、サンパウロ州税務局の情報技術部門の創設に尽力した他、局長補佐などを務めた。1990年、JICA研修生として訪日。元JICA研修生OB会長。ウチナー民間大使。(ブラジル日報より) 第1常任理事 ウエダ マサミ 氏 1969年サンパウロ市生まれ。ゴルフ歴40年。文協第1常任理事。2015年からファゼンダ・ダ・グラマ・ゴルフ&カントリークラブ理事。幼少期からアルジャーゴルフクラブで、様々な大会に参加した。(ブラジル日報より)

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訃報:井料 堅治 氏

獣医として活躍した井料堅治さん(鹿児島県出身)が、5月4日の20時30分に老衰のためお亡くなりになりました。91歳でした。 去る2004年に、当時の小泉純一郎内閣総理大臣がご来伯された際に、1200人で埋め尽くされた文協大講堂での歓迎会の挨拶の中で「私にとってブラジルは外国ですが心情的には一番近い国なんです。」と話し、その理由として小泉首相が十代の時に親交が厚かったいとこの井料堅治さんがブラジルに移住したことを説明、「キャッチボールや勉強を教えてもらった。私にとって兄のような存在。いつかブラジルに行ってみたいと思っていた。」と話されました。それもあり、同氏は、文協では評議員会役員を務めるなど日系社会に対する貢献はもちろん、小泉純一郎元内閣総理大臣のいとことしても広く知られていました。 2023年5月5日(金)モルンビ墓地にて葬儀 午後3時に埋葬住 所: Rua Deputado Laércio Corte, 468 – Morumbi – São Paulo – SP 心よりご冥福をお祈りいたします

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四十九日法要のお知らせ:丹下セツ子先生

丹下セツ子先生 四十九日法要のお知らせ ブラジルで「丹下セツ子太鼓道場」を創設するなど日系社会の芸能分野において多大な貢献をされた丹下先生の四十九日法要が行われます  日 時:2023年5月7日(日)15時~ 場 所:文協ビル2階 貴賓室 丹下セツ子先生の記事はコチラ

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追悼:秀島 マルセロ 氏

文協の第二副会長の秀島マルセロ氏が、2023年2月1日の夜、共同経営するAlfa Alimentosの仕事から帰宅後、心臓発作により、自宅でお亡くなりになられました。53歳でした。妻と娘さんとの3人家族でした。 通夜は2月2日の14時~22時と3日の午前6時~午前8時、文協文化ホールにて行われました。(R. São Joaquim, 381 – Liberdade – São Paulo 文協ビル地下1階) 葬儀は2月3日午前11時より、Jardim Horto Florestal墓地にて行われました。(Rua Luiz Nunes, 111 – Parque Ramos Freitas – SP) 秀島マルセロ氏 移民一世とは違い、日系社会に対して関心が薄くなりがちなブラジル生まれの日系人青年らを、上手くまとめていたのが青年時代の秀島氏でした。その人望と手腕を必要とした文協は秀島氏を招き入れ、早速秀島氏は、1997年の文協青年部の発足に際して、主導的役割を果たしました。その活動を軌道に乗せた後の2005年、今度は35歳という若さで文協の副会長に抜擢され、活動の幅を広げました。 以下、2006年11月25日に、文協貴賓室で行われた「文協創立50周年記念座談会」の冒頭に行われた参加者の自己紹介から抜粋します。 秀島マルセロ、36歳で既婚です。私の文化団体での活動は、 ツクルヴィ協会の日本語学校へ入った9歳の時から始まります。16歳でこの協会の青年会長になり、 イベントや各種競技の組織づくりを活発に行ない、 同協会の会長になりました。そして当時15団体を擁していたサンパウロ北部連盟に参加しました。統合こそ日系人の交流を促進し、 強化する手段だと考えるので、これは極めて重要な経験でした。ただ北部地区だけだったため他地区の団体は知りませんでした。そこで友人のグループとサンパウロ慈善インテルカイカンを設立しました。1994年にはサンパウロ各地にある11団体を集め、それが大きな交流の方法であると考え、1995年には16団体、スポーツ、文化、慈善など様々な部門の青年 1,200名をまとめました。1996年のイベント開催において、寄付のための食料品を19トン集めたときは最高の喜びでした。その後、林アンドレさんがいた文協の日系団体再活性化委員会に呼ばれ、議論したときに、将来の再活性化について、この委員会が所属している文協自体に青年がいないことを大いに話し合いました。そのため当時の山内会長は青年文協、現在の文協青年委員会を創立するため、 あらゆる支援をして下さいました。1997年のことで、当時の青年文協は青年団体リーダーたちの集りで、アイデアを交換する場でもありました。この交流は極めて健全であると考えたので1999年に役員になったとき、 ABEUNI、ASEBEX、 青年会議所、 文協青年委員会と慈善インテルカイカンの5団体の会長で、これらの団体を統一し、 それぞれのメンバーの育成を一層強化し、 共同活動を通じて日系社会および社会一般のために何かを促進するグループを結成するアイデアが生まれました。このアイデアの推進者であった林アンドレさんは、文協の政策を議論するため、 ABEUNI、 ASEBEX、青年会議所と青年文協を召集し、 私も再活性化委員会のメンバーとして参加しました。こうして結成したG5の統合は極めて重要であったと思います。2000年には5団体の会長が集って連合会を作り、 現在まで続いています。この間、 私は希望の家※に呼ばれ、 その第1副会長ををしており、 文協、 交流協会にも参加しております。 ※重度知的障害者が入居する福祉施設「希望の家福祉協会」         (2007年4月発行 ブラジル日本文化福祉協会創立50周年記念「文協50年史」より抜粋) このような秀島氏を、誰もが、近い将来、ブラジル日系社会全体を牽引する指導者になるだろうと信じて疑いませんでした。 その秀島氏の、突然で、そして早すぎる逝去の報は、日系社会全体にどれ程の衝撃と悲しみを与えたかは、言うまでもありません。 急遽開催した文協文化ホールでの通夜には、次から次へと届けられた77基の花輪で会場が埋め尽くされました。そして弔問客も途絶えることがなく、約1000人※が来館し、秀島氏との最後の別れのひと時を持ちました。※受付で記帳した方々は約600名ですが、記帳のために大勢の人々が並んでいたため、記帳をせずに帰られた方も沢山いらっしゃいました。また家族で来られた方は殆どが代表者1名のみの記帳でしたので、弔問客はゆうに1000人は超えていると推測します。

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ブラジル日本青年会議所 新会頭に照屋ウーゴ氏

写真:左から照屋ウーゴ新会頭 , 関口ひとみ文協顧問 , 岩本レアンドロ前会頭 ブラジル日本青年会議所(JCI Brasil-Japão、JCIBJ)は、2月13日に「2023年役員就任式」を文協貴賓室で開催、照屋ウーゴ新会頭(三世/34歳/弁護士)の就任を、集まった150人が祝しました。 照屋ウーゴ氏は、2010年に沖縄県人会ビラカロン支部の青年部のリーダーを務めて以来、日系社会とのつながりを維持しています。もともとサンパウロ大学生援護連盟(ABEUNI-Aliança Beneficente Universitária de São Paulo)※で活動しており、ブラジル日本青年会議所には2014年から所属。文協には、2019年から文協青年委員会の活動に加わるようになり、現在は文協理事会の専任理事を務めています。 ※ABEUNIは、50年代から活動していた日系医学生を中心とした「ABENIBRA」(日伯援護協会の大学生支部)が前身となる団体で、サンパウロ州の貧困地域、孤児院などで医療や教育のボランティア活動を行っている。前身のABENIBRAでは、日系人に対して無料健康相談を行っていたが、その枠を取り払いサンパウロ州全土の住民へとその対象範囲を拡大した。また、日系の医学生が中心だった活動メンバーの枠も広げ、学生もしくは学位取得者であればどの分野の専攻でも参加できるようになった。 照屋ウーゴ 新会頭 所信表明 新任の挨拶にたった照屋新会頭は、まず、前年度の岩本レアンドロ会頭とその執行役員らの労をねぎらい感謝の言葉を述べました。 そして、前執行役員が開始したプロジェクトを今後責任を持って展開していくと話しました。 また、日系団体およびスポンサーとの関係強化を図り、その上で、ブラジル日系団体とつながりのある学校との共同行動を模索し、次世代を率いる青年層のリーダーシップ資質向上のために、弁論練習の重要性を学校関係者に認識させる活動をしていきたい、と述べました。 また、会場に駆け付けた両親に対しては、夢を実現し続けられるよう常に最高の環境を提供するために努力してくれたことに、また、婚約者であるタミレスさんに対しては、いつもそばで励ましてくれることに対し、心からの感謝の意を表しました。 写真:左から婚約者のタミレスさん , 父親のイサオさん , 母親のマサコさんとウーゴ新会頭 そして最後に、照屋新会頭が兄のように慕っていた、2月1日に急逝した秀島マルセロ氏が、生前、常に語っていた言葉を引用し、所信表明を締めくくりました。 ベストを尽くそう! どんなことでも、簡単なことでも、常にベストを尽くそう。 どんな簡単な仕事でも、どんなことでも、常にベストを尽くそう!

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