第8回日本文化祭り大盛況!!

日本文化を愛する大勢の人々が発する無限のエネルギーが第8回日本文化祭りを大いに盛り上げ、成功へと導きました。主催者側は日本文化を伝え広めるべく一所懸命準備し、来場者側は会場の日本文化すべてを体験し尽くすべく全力で楽しみました。日本文化という大きな美しい花を咲かせるという一つの目的に向かって、皆が思いを一つにして取り組んだ結果、文化祭りは必然的に大成功に終わりました。では、第8回目を迎えた文化祭りの大盛況ぶりを、全部は書ききれませんが、そのいくつかを紹介させていただきます。

まず、始めに報告させていただきたいのは、日本の精神と芸術の真髄の一つとも言える”書道”です。先生が付きっきりで体験者たちを教えます。始めはたった3画の簡単な字「川」を使って練習です。先生は一画一画の筆入れ角度や力加減を実践しながら細かく説明し、体験者たちは真剣そのものの眼差しで先生の書く姿を見つめています。しかし、いざ生徒たちが書く番となると全然うまく書けません。中にはどうやって書けばいいのか分からなくて、凍りついて動かなくなっている生徒もいました。簡単そうに見える字も正しく美しく書くのは決して簡単ではない、それが”書道”という深遠な芸術です。それでも、さすがに先生の教え方は上手で、直に生徒たちは様になった「川」を書き始めます。そして、最後には美しいけれどバランスを取るのがとても難しい字である「愛」を見事に書き上げて、とても満足げで誇らしげな表情でその用紙を記念に持ち帰っていました。

28他にも、風呂敷、生け花、かるた、切り紙、折り紙、押し花、押し絵、書道など様々なワークショップがあり、とてもにぎわっていましたが、とりわけ反響を呼んでいたのはオリジナルしおり作りでした。小さな花びらやその葉や茎をピンセットでつかんで自分の思うようにしおりサイズの縦長の台紙に並べていくのですが、あまりに細かい作業に、ピンセットで花をつかむ体験者の手がブルブルと震えていました。それでも、頑張って上手に並べて上から透明のシールを貼り付けて、世界に一つしかない自分だけのしおりを完成させていました。人気の折り紙もたくさんの方々が参加して、先生の指示に従ってチャレンジしておられましたが、年配の方が子供のように目を輝かせて必死に先生の言うとおりに折っている姿がとても印象的で、見ているほうも幸せな気持ちになりました。

22そして、大講堂の舞台では一日中、日本文化だけでなく、世界各国の魅力的な文化が披露されました。沖縄の伝統芸能エイサーをベースに、空手の型を取り入れた独自の振り付けとダイナミックなバチさばきで、今や沖縄を代表し、若者に圧倒的な人気を誇る創作太鼓集団である琉球國祭り太鼓によるショーはすごく心にくるものがありました。踊りであの沖縄独特のゆったりとした雰囲気を感じさせつつも、太鼓のダイナミックな音色で心を揺さぶるようなすばらしい演奏に、多くのお年寄りの方も海のはるか向こうにある故郷を懐かしむように聞き入っておられました。

23正午過ぎには開会式が行なわれました。文協木多喜八郎会長をはじめ、文化祭りを支援・後援する方々や政界からの方々が舞台の上に並び、挨拶の言葉を述べられました。木多会長は「ブラジル社会において日本文化の交流を盛んに行なうことによって、生活の質を、そして人生の質をよりよいものにしましょう」と述べて、日本文化を愛して足を運んだ来場者のみなさんへ心からの歓迎の意を表しました。和田ロドルフォ文化祭り実行委員会委員長は、第8回日本文化祭り開催に協力してくれたすべてのスポンサーへの感謝を表しました。

最後に、忘れてはならない報告です。日本文化祭りにやって来る大勢の人たちの最大の楽しみはやはり日本料理を味わうことです。それはそれはおいしそうな日本料理の数々。うどんや沖縄そばのだしのいい香りがフードコート全体に広がっていてたまりませんでした。運動会の昼休みに食べたのを思い出させるような昔懐かしのお弁当のふたを開けてうれしそうに眺める人、でっかいおむすびを口にほおばる人、揚げたての天ぷらや熱々のジューシー肉まんをフーフーしながらかじる人、たこ焼き・お好み焼きのソースのにおいに引かれて列に並ぶ人、中に甘いクリームがぎっしり詰まったドーナツ(ブラジルではソーニョと呼ばれるお菓子)を食べて口のまわりが白くなってる子供たち。みんな食べてる時が一番幸せそうでした!

31文協和食普及委員会の委員長を務める小池信シェフが手がけたVIPレストランは、11時半、14時、16時の3度サービスが提供されましたが、一人100レアルという決して安価ではない料金にかかわらず、いくつもの有名レストランをオープンさせた実力者の創作日本料理とあって、すべてのチケットはすべて正午には完売という大人気ぶりでした。キッチンに入ってみますと、小池シェフとアシスタントの方々が忙しく調理に腕をふるっておられましたが、一流職人の雰囲気が漂う見応えのある調理現場でした。小池シェフの特別メニューをビール片手に堪能した一人の非日系人男性は、「100レアル出す価値は十分あった。いつも家族を連れて日本料理を食べに行くけど、今日の作品はスペシャルだった」と大満足の表情でコメントしてくださいました。

21まだまだ書き尽くせないほど濃厚なイベント内容でしたが、一番喜ばしいのは、毎年非日系人来場者が増えていることです。それはまさに日本文化が普及している証拠、日本文化がここブラジルで両手を広げて受け入れられ愛されている証拠です。ブラジルにおける日本文化の継承と普及こそが文協の存在意義ですから、一世のご年配の方々が日本文化祭りを懐かしみながら楽しんでおられる様子、日系三世四世のブラジルで生まれ育った日本を知らない世代が文化祭りを通して日本の精神を肌で感じる様子、非日系の人々が日本料理や日本文化を体験してはしゃいだり感動したりしている様子は、日系社会の繁栄を心から願う文協関係者すべてにとってこの上ない喜びです。第8回日本文化祭りに来場してくださったすべての方々、そして、文化祭りを実現させるために直接または間接的に協力してくださったすべての方々、本当にありがとうございました!日本文化をこよなく愛するみなさんの支援がある限り、ここブラジルにおいて日本文化が萎れていくことは決してありません。これからも日本文化という大きな花を咲き続けさせるために力を合わせて頑張っていきましょう!!

最後の最後にもう一つうれしい報告です。第8回日本文化祭り来場者はなんと2000人超えでした!!文協ビルまで足を運んでくださったみなさまに今一度心より感謝いたします!

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訃報:清原 健児 氏

2026年5月7日、清原健児氏がお亡くなりになられました。80歳でした。通夜は同日午前10時より、モルンビー墓地(Rua Dep. Laércio Conte, 408

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ご協力ありがとうございました🆘ペルイベ市豪雨被害

ブラジル日本文化福祉協会西尾会長とぺルイベ市のウラグチ市議 2026年4月7日、サンパウロ州ペルイベ市で3月に発生した大雨災害の被災者に向けて文協に届けられた皆様からの支援物資を、同市のフェルナンド・ウラグチ市議に引き渡しました。 詳細は、ブラジル日報「ペルイベ水害に支援の輪=文協が物資届け復旧後押し」をご覧ください。 関連記事:SOS ぺルイベ市

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文協青年委員会 ハナオカ・ユカリ 新委員長 就任式

1997年に設立された文協青年委員会は、現在約150人のボランティアを擁しており、去る3月21日に新しい役員体制で活動を開始しました。今回の体制の特徴は、主要な役職に女性が多く就いている点です。 会長には心理学者のジャクリーヌ・ユカリ・ハナオカ氏が就任し、副会長にはブルーナ・デ・ソウザ・ド・オー氏、イザベラ・ベルベル・カイ氏、ジュリア・ナオミ・オニヅカ氏、タイス・シモニシソノ・カルヴァーリョ氏といった、女性たちが就任しました。 委員会の16の役職のうち9名を女性とした理由について、ハナオカ会長は率直にこう述べています。 「副会長に4人に全員女性を配置したのは、個人的な必要性からでした。まず、現在、ブラジル日系社会全体において、重要な役職に就いているのは殆どが男性だと言えます。そのような男性たちに囲まれる中で、会長として自分がより安心し、支えられていると感じるためです。そして女性がリーダーとしての場に立ち、自らの世界観や知恵、能力、感性、そして知性を共有できるよう、より多くの機会を広げたいと考えました。」 続けて「ただし、この役員メンバーには、多くの能力や感性、意欲、創造性をもたらしてくれる男性メンバーももちろん、参加しています。」と述べました。

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報告:日本館 再開館式

新しく亜鉛メッキで塗装された展示館の屋根 2026年4月25日、晴れ渡った土曜日の朝の光に包まれた日本館はいっそうの輝きを放っていました。この日、約100名の招待客を集めて日本館の再開館式が行われました。 招待客の一人、イビラプエラ公園を管理するウルビア(Urbia)社の総支配人サミュエル・ロイド氏が、挨拶で述べたように、ここは「イビラプエラ公園の宝石」と称えられる場所です。 日本館は、2025年末から一時閉館とし、経年劣化が進んだ箇所(木材や植栽)の修復、展示館の屋根の葺き替え、そして新しい木製ベンチの設置など、各所の改修工事を行いました。 日本館運営委員会の奥原常嗣委員長は、今回の再開館の式典を執り行うにあたり、修復作業の実施を可能にしてくれた個人、団体、企業へ感謝を伝えることがこの式典開催の目的であると述べました。また、委員長として、イビラプエラ公園において、唯一のブラジル国外の空間と捉えるこの場所の保存と日系社会の団結を促進したいと語りました。

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