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第6代会長 相場真一 1979年4月~1983年2月

1908年2月17日、北海道で生まれる。1930年、家族と共に農業移住し、アリアンサ移住地(現在サンパウロ州北西部)の富山移民組合で2年間働きました。 1933年、サンパウロに出て、1934年に創立間もないブラジル拓殖組合(ブラ拓)の宮坂専務理事の誘いで就職、1938年にはサンパウロ本部経理部長に就任しました。 1947年から南米銀行の再建に献身し、南米銀行グループ経営審議会会長、南米安田保険(株)社長を歴任しました。 在任中、ブラジル日本文化協会(文恊)が日系社会の中心的機関でありながら、会員数が少なすぎるとして、全伯の日系文化団体の会員加入促進運動を展開しました。その結果、任期中に会員数は目標の5000人に達し、文恊の財政再建に大きく寄与しました。 また、スポーツを通じて、二世や三世が文恊活動を再認識でき、かつ優秀な後継者の育成ができるとの信念から、総合スポーツセンター建設計画に、熱心に取り組みました。 この時期、スポーツセンター建設資金として、会長自身の所有地10万平方メートルを寄贈しました。スポーツセンター建設計画を発表するに当たり、「日系社会は常時なさなければねらない大事業を持つべきだ」と日系社会活性化論を力説しましたが、最悪なブラジル経済の状況下にあって、その建設計画を着工することはできませんでした。1986年、勲三等瑞宝章を受章しました。

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第5代会長 中沢源一郎 1975年4月~1979年3月

1907年5月23日、高知県で生まれる。東京大学文学部教育学科を卒業して3年後、1933年に来伯しました。 1934年から1939年まで、サンパウロ州ジュケリ(現在マイリポラン)で農業に従事、乞われて日本語学校の教師を半日務めました。1939年、ジュケリ農産組合(1954年から南ブラジル農業協同組合中央会と改称)の専務理事に就任し、1973年まで在任、以後1984年に永眠するまで、理事長の要職にあたりました。 1954年、サンパウロ市創立400年祭協力委員会とサンパウロ日本文化協会(文恊)創立準備委員会の活動に参加しました。 1961年の創業以来、1975年にサンパウロ日本文化福祉協会の第5代会長に就任するまで、日本移民援護協会(後のサンパウロ日伯援護協会)の会長として、運営の中心で日系社会の福祉事業の基礎作りに粉骨砕身しました。 特筆すべきは4年間の在任中に、ブラジル日本移民70年祭典、ブラジル日本移民史料館の建設、文恊ビル4階?8階の増築と言う大事業を完遂したことでしょう。1979年勲三等旭日章を受章しました。

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第4代会長 延満三五郎 1971年4月~1975年3月

1909年8月8日、広島県で生まれる。 1933年、鐘紡(後のカネボウ株式会社)に入社し、以降 南米各国での綿の輸出業務に携わる中で、ブラジルとの関係が始まりました。 戦後、ニューヨーク鐘紡社長時代に、本社からブラジルに鐘紡工場創設の指令を受け、1954年に来伯、社長として多忙な日々を送りました。 到着以来、ブラジル日本文化協会の活動に加わり、その後第2会計理事、第1常任理事、第1副会長と歴任し、歴代会長を補佐してき来ました。 会長としては、1971年から特に文化事業の充実に力を注ぎ、美術、音楽、生け花の各委員会を組織して、積極的に文化事業を推進しました。 1970年、サンパウロ工芸作家協会の会長に就任し、工芸委員会を設置して以来、工芸展は毎年続けられています。 1972年、ブラジル独立150年祭日系協力委員会を発足させ、委員長として、第1回国際民族舞踊大会を開催、11カ国の参加を得て大成功を収め、今では文恊の目玉事業の1つになっています。 また、特筆すべきは、150年祭の記念業事として、中断されていた聖美会主催のコロニア展を、サロン文恊として、再発足させたことでしょう。 理事会 会長: 延満 三五郎 (1971-1974) 名誉会長:宮坂 国人 (1971-1972) 第1副会長: 竹中 正 (1971-1974) 第2副会長:宮本 邦弘 (1971-1974) 第3副会長:井上 忠志 (1971-1974) 第4副会長:内山 良文 (1971-1974) 第5副会長:橘 富士雄(1971-1974) 専任理事: 山内 淳 (1971-1974) 第1常任理事: 和田 周一郎(1971-1974) 第2常任理事: 藤井 素介 (1971-1974) 第3常任理事:笹谷 新市 (1971-1972); 永島 倫二 (1973-1974) 会計専任理事: 永島 倫二(1971-1972); 笹谷 新市(1973-1974) 第1会計理事: 田中

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第3代会長 宮坂国人 1965年3月~1971年3月

1889年7月15日、長野県で生まれる。1913年~1919年までペルーに在住し、邦字新聞”アンデス時報”を発行。これがラテンアメリカ最初の邦字新聞と言われています。 1927年、政府の指導に従い、地方に “海外移民組合連合”を設立し、1931年には、会長・理事長に平生釟三郎、専務理事に宮坂国人が抜擢され、有限会社ブラジル拓殖組合(ブラ拓)を設立しました。 1932年、この現地機関の専務理事として来伯しました。まず手掛けたのは、チエテ(現ペレイラ・バレット)、バストス、アリアンサ、トレス、バラス(現アサイ)4移住地の経営で、4移住地の総面積約8万ヘクタールに諸施設を建設し、営農指導を行って移住者を定着させることを目的としました。 1937年、日南産業株式会社を設立し、会長に平生釟三郎、専務取締役に宮坂国人が就任。ブラ拓の専務理事を兼務して移住事業と関連事業を推進し、やがて南米銀行の前身“ブラ拓銀行部”が発足、1940年、南米銀行が設立されました。 1955年、山本喜誉司と共に、2人の署名を持って組織設立を公表し、文恊設立を推進しました。文恊設立時には、評議委員会会長として多忙な日々を送りました。 1965年、第3代文恊会長に任命された後、日系社会の文化活動を行うために、“100万コント基金を設定、大講堂の建設、日語普及とモデル校の創立”と言う宮坂構想を提唱しました。 1970年9月、大講堂の落成式が会長の手によって行われました。 1972年、公職から身を引き、日本へ帰国しましたが、再び終焉の地ブラジルで、1977年、永眠しました。 理事会 会長: 宮坂 国人 (1965-1970) 第1副会長: 井上 忠志  (1965-1966); 延満 三五郎 (1967-1970) 第2副会長: 延満 三五郎 (1965-1966);宮本 邦弘(1967-1968); 竹中 正(1969-1970) 第3副会長: 平田 進 (1965-1966); 井上 忠志 (1967-1968); 宮本 邦弘(1969-1970) 第4副会長: 井上 忠志 (1969-1970) 第5副会長: 内山 良文(1969-1970) 専任理事: 竹中 正 (1965-1968); 今野 功 (1969-1970) 第1常任理事: 斉藤 広志 (1965-1966); 九十九 利雄

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第2代会長 中尾熊喜 1963年8月~1965年2月

1900年1月24日に熊本県  生まれ。1914年  14歳で、坂上重次の形式家族として渡伯しました。1927年  下元憲吉らと共にコチア産業組合を創立し、初代専務理事を務めました。 その後、農場から商工業への転換を図り“カナカオ化学工業株式会社”を設立しました。傑出していたのは、この会社が日本人移民による最初の株式会社だったとこと、従業員への無償の愛で知られていたことです。それは、従業員子弟への学費や従業員への奨学金、学生のみならず従業員のための学校建設など、興味深いものでした。 1952年、ブラジルン日系人学生センターの創立資金を寄付しました。1955年サンパウロ日本文化協会創立準備委員会の委員15人の一員となり、山本喜誉司会長の指示で副会長に就任、1963年  会長の死去を受けて、第2代会長に選ばれました。 彼の任期中に日本文化センター(文恊ビル)の第1期工事が完了しました。会長を退いた後は、評議委員会会長を務め、1975年  死去するまで多忙な日々を送りました。

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初代会長 山本喜誉司 1955年12月~1963年7月

1892年9月17日しました。三菱グループの創始者である岩崎家族の指示を受けて、1927年カンピーナスに農場を購入しました。 農場経営に専念した結果、コーヒーの木を害虫被害から守るための天敵ウガンダ蜂の導入で成功を収め、この研究論文で、東京大学から博士号を授与されました。その後、東山事業の総支配人に昇任しました。 第二次世界大戦では、東山事業は、連邦政府の介入を受けました。敵国人資産凍結(1959年10月にも発生)の解除運動では、陣頭に立ち、1947年を網羅した “懇談会”を結成し政局打開に努めました。 また日本の敗戦による日系社会の混乱の収拾のため、日系有力者の間で展開された“時局認識運動”にも参加、この運動がやがて母国に対する戦災救済会の結成に繋がりました。 1952年の日本館を建設するなど、全力を傾注しました。その後、ブラジル日本移民50年祭(1958年)に向けて発展的解散をし、サンパウロ日本文化協会創立準備委員会として活動し、1955年(1968年 ブラジル日本文化協会に改称) その初代役員の面々は、会長に山本喜誉司、副会長に中尾熊喜、須貝アメリコ、評議委員会会長に宮坂国人でした。1960年代には本拠地を建設するための60のPR活動を始め、1963年7月31日に、日本文化センター(協会ビル)第1期工事の完了を目前に肺がんのため亡くなりました。 理事会 会長: 山本 喜誉司 (1955-1963/6) 第1副会長: 中尾 熊喜 (1955-1963/6) 第2副会長: 須貝 アメリコ (1955-1958); 中沢 源一郎(1959- 1963/6) 第3副会長: 井上 忠志  (1959-1962) 専任理事: 平田 進 (1959-1960); 竹中 正 (1961-1963/6) 第1常任理事: 井上 忠志  (1955-1958); 竹中 正  (1959-1960); 平田 進 (1961-1962); 延満 三五郎 (1963/1-1963/6) 第2常任理事: 平田 進  (1955-1958 e 1963/1-1963/6); 須貝 アメリコ (1959-1962) 第3常任理事:竹中 正  (1955-1958);

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文協とともに日系社会の未来を切り開きましょう

当会(ブラジル日本文化福祉協会)は、2015年に創立60周年を迎えました。この半世紀において、文協は日本文化の保存及び普及に努めることはもちろん、日本及びブラジル政府、民間団体等への対外的活動の際は日系社会の代表としての立場を持って対してきました。このように一大決心でブラジルへ渡った日本移民一世たちが立ち上げた当協会が、今日まで存続できたのは、ひとえに、ブラジル日系社会の今と将来を真剣に考え、ブラジルにおける日本文化継承のために御献身くださった皆様のおかげです。 さて、本部を置く文協ビルには日本移民史料館を維持しており、日本移民110年における数々の史料を展示しています。また文協図書館は、皆様のために約6万冊の蔵書を備えています。また文協ビル講堂、会議室及び展示室では、数百人のボランティアの協力を得て日系社会のみならずブラジル社会全体に対しての文化及び社会活動を展開しています。サンパウロ市のイビラプエラ公園にある日本館は、一般の来園者が快適な環境で気軽に日本文化に接することができるよう配慮しています。サンロケ市の国士舘大学スポーツセンターでは、マレットゴルフ、ウォーキングなどのスポーツ活動が可能ですが、将来は福祉活動や環境保存の教育施設としての役割も持たせたいと考えています。 文協がこのように日本文化の継承・普及、及びブラジル日系社会繁栄のために様々な試みと必死の努力をするのは、そうするだけの価値があると確信しているからです。大切なものは“守る”必要があります。物は保存しなければ腐敗していくのが、この自然界の物理法則です。家は掃除や管理をしなければどんどん汚れていき、いずれ住めない状態になってしまいます。子供は親の世話や教育を通してふさわしい指針や人生の方向付けが与えられなければ、道を踏み外し、いずれ本人のみならず家族や周りの人にも不幸をもたらす大人になってしまうでしょう。日系社会や日本文化に関しても同様のことが言えます。誰かが世話をしなければ、誰かが管理しなければ、誰かが大切に守らなければ、時とともに腐敗し、いずれは消えてなくなり、全く過去のものとなってしまうでしょう。それは非常に悲しいことであり寂しいことです。ゆえに、文協はそれらのものを守りたいと切実に願っております。また、その信念に基づいて行動するなら実際に守ることができると確信しています。 文協は同じ願いと理念をもって日系社会・日本文化の意義ある存続に貢献したいという方々の入会を随時受け付けています。(詳しくは当協会サイトの定款第二章) 入会ご希望の場合、申込用紙を下記よりダウンロードし、ご記入の上、e-mail atendimento@bunkyo.org.br までご送付ください。 Pessoa Física (個人) Pessoa Jurídica (法人) Tabela de Contribuição Social Associativa 2019 (2019年度協会社会負担額) ブラジル日本文化福祉協会 Rua São Joaquim, 381 – Liberdade 01508-900 – São Paulo-SP – Brasil Tel: (11) 3208-1755 Fax: (11) 3208-5519 Email: atendimento@bunkyo.org.br

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定款

この定款は、2006年11月18日文協小講堂にて原田清議長、山下譲二書記、二宮正人翻訳担当補佐によって開催された臨時総会で議論され改訂されました。 同会で大原毅定款改定委員長の改定案が決議に入り、2/3以上の賛成票により新定款が議決されました。 (2006年11月18日臨時総会で改訂され、2007年1月19日第1登記所に登記された) 定款は下記のリンクからご覧下さい 定款 (ポルトガル語) 定款 (日本語)

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日本館:サンパウロ市政記念につき入場料無料(1/29まで)🥁25(水)・28日(土)はイベント開催

サンパウロ市政469年記念 今から469年前の1930年1月25日、サンパウロ市が誕生しました。 ちなみに、この「サンパウロ (São Paulo)」という名称は、キリスト教における聖人の1人である「聖パウロ」のポルトガル語表記となります。 この市政を記念し、弊会が運営管理する日本館では、1月25~29日の5日間入場料を無料とするほか、以下のイベントを開催します。 どうぞ、お気軽にお越しください! 【サンパウロ市政記念イベント】日 時:2023年1月25日(水)~29日(日)10時~17時場 所:イビラプエラ公園    詳細は、こちらのサイトをご覧ください≫≫≫日本館 1月25日(水)苔玉教室 1月28日(土)アトラクション ・ナカセ・リカルド歌手による歌謡ショー・パフォーマーグループによる「絆の音」・和太鼓ワークショップ (11時~)・こどものそのメンバーによる演奏(12時40分~) お問合せ:日本館 (11) 99538-1927 / (11) 96390-2404または pavilhao@bunkyo.org.br

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訃報:丹下セツ子さん

「丹下セツ子劇団」や「丹下セツ子太鼓道場」を立ち上げ、ブラジル日系社会の芸能を牽引していた丹下セツ子さん(東京都出身)が3月16日、肺ガンのため逝去されました。83歳でした。 通夜は17日に、OSSEL Assistência斎場にて執り行われました。 ブラジル日報「丹下セツ子さんが死去=ブラジル全国で旅役者公演」 心よりご冥福をお祈りいたします。

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日系主要5団体・在聖総領事館共催🎍新年会🎍2023年1月13日(金)19H~

あけましておめでとうございます!本年も、どうぞよろしくお願いいたします。 さて、本年もブラジル日系主要5団体及び在聖日本国総領事館が共催し、2023年の新年会を開催致します! ブラジル日本移民115周年という節目の年の始まりを、皆様で祝賀しましょう! 多くの方のご出席をお待ち致しております。 2023年新年会  【日 時】2023年1月13日(金)19時~【場 所】文協ビル2階 貴賓室【参加費】お一人様 150レアル        PIXでのお支払いの場合 CNPJ 61.511.127/0001-60     Sociedade Brasileira de Cultura Japonesa e de Assistência Social ※ 参加ご希望の方は、1月9日(月)までに以下までご連絡ください。    tel:(11) 3208-1755  担当 / ルーカス     e-mail:evento@bunkyo.org.br 主催団体 日系主要5団体   ・ブラジル日本文化福祉協会  ・サンパウロ日伯援護協会  ・ブラジル日本都道府県人会連合会  ・ブラジル日本商工会議所  ・日伯文化連盟 在サンパウロ日本国総領事館   

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年末年始の文協の運営について

◆年末年始の運営について◆ 平素は格別のご高配を賜り、誠にありがとうございます。誠に勝手ながら、年末休業日を下記のとおりとさせていただきます。 事務局:2022年12月26日(月)~2022年12月30日(金)     なお、年始の運営は2023年1月2日(月)からとなります。 ブラジル日本移民史料館:2022年12月26日(月)~2022年12月30日(金)    なお、年始の運営は2023年1月3日(火)からとなります。 文協図書館:2022年12月26日(月)~2022年12月30日(金)    なお、年始の運営は2023年1月3日(火)からとなります。 日本館:2022年12月26日(月)~2022年12月30日(金)    なお、年始の運営は2023年1月5日(木)からとなります。 ご不便をおかけいたしますが、何卒ご了承いただきますようお願い申し上げます。 よいクリスマスそしてお正月をお迎えください! 来年もどうぞよろしくおねがいいたします。

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ブラジルいけ花協会よりお知らせ❁創立60周年記念誌出版

ブラジルいけ花協会は、創立60周年を記念し「Associação de Ikebana do Brasil – 60 Anos Percorrendo o Kado – o Caminho da Flor(華道とともに60年)」を出版しました。文協も後援しています。 詳細 / お問合せ:メール:contato@ikebana.org.br whatsapp :(11) 96860-8317 サイト: https://ikebana.org.br/ .

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森本昌義氏、関口ひとみ氏が文協の顧問会メンバーに!

森本昌義氏、関口ひとみ氏 文協の顧問会メンバーに! 石川レナト会長および秀島マルセロ副会長は、11月11日から約20日間にかけて訪日し、日本や在日ブラジル当局をはじめとする日伯関連団体を訪問、親交を深めました。 またこの訪日には、上記以外に、もう一つの重要な目的がありました。 それは、森本昌義氏および関口ひとみ氏に対し、文協理事会の上級諮問機関である顧問会メンバーへお迎えしたいという理事会の全会一致を持って決定した内容を伝えることでした。 ちなみに、この顧問会は、大使、総領事、州知事、市長、代議士などの有力者によって構成される機関で、当会定款第IX章第51条において「理事会により任命された不定数の成員によって構成する顧問会は、 理事会会長の上級諮問機関であり、 諮問会規則に従い、理事会会長の諮問を受けて文協運営上の重要問題について意見を述べる。」と定義されています。 この案は「文協アンバサダー」を日本はもちろん他国にも配置しようという構想で、これは、石川レナト会長率いる理事会の成す革新的な試みの一つです。 この訪日の機会に、石川会長はお二人それぞれに公式の依頼書を手渡し、文協顧問として是非お力をお借りしたいと伝えました。 お二人は、その場で快諾。さっそく文協のピンをお渡ししました。 森本昌義氏からのメッセージ 文協会長 石川レナト 殿文協役員および会員の皆様へ この度、文協の顧問会メンバーとしてお招きいただき、大変光栄に思っています。 ブラジルで働く前は、米国カリフォルニア州にあるソニーのカラーテレビ製造工場で15年間勤務し、そこでは何千人もの現地従業員を雇用していました。アメリカ滞在中は、日本駐留中に米兵と結婚してアメリカに渡った十数人の日本人女性社員を除き、日系人社会や日系人との交流は殆どありませんでした。アメリカの日系人は、日本人や日本企業との付き合いや交流を好まないという印象がありました。 驚くことに、ブラジルの場合は、まったく逆でした。サンパウロ事務所とマナウス工場にいる優秀な日系人の役員、マネージャー、エンジニアがいなければ、私はソニー・ブラジルをうまく運営することはできなかったでしょう。二宮正人先生や故羽生デシオさんなど、日系人のプロフェッショナルの方々にも大変お世話になりました。 日系ブラジル人は、正直、勤勉、謙虚といった日本人の美徳を先祖から受け継ぎ、同時にブラジル人の美徳も身に付けていることがわかりました。彼らはとてもフレンドリーで、多様性に対する寛容さと柔軟な思考を持っています。 日系ブラジル人の方々と一緒にいると不思議と落ち着きます。だからこそ、ブラジルの日系人との友情を深めたいと思い、2014 年から毎年、文協が主催する統合フォーラム- FIB に参加しています。文協とその関連組織がブラジルの日系社会で最も活発で尊敬されていることを知っているからです。 私は10年近く、海外日系協会の活動に参加しています。そして、ブラジルと日本の日系ブラジル人は、協会の基本的かつ最も重要なメンバーであり、同時に私の大切な友人です。 文協の顧問会メンバーとして、日系ブラジル人の福祉に貢献し、できれば日本にいる日本人が日系ブラジル人のように親切で多様性を受け入れ、柔軟な思考を身につけることができるよう、改めて努力していきたいと思います。 どうぞよろしくお願い致します。 森本昌義氏 略歴(ウィキペディアより) 日本の実業家。英国国立ウェールズ大学経営大学院MBA(日本語)プログラム・CSR担当講師、森本CSR研究室主宰、経営倫理士、M.ProーConsulting代表取締役社長。 1939年大阪市に生まれ、1962年東京大学法学部卒業。ソニーに入社後、米コロンビア大学経営大学院留学、ソニーアメリカに15年、ソニーブラジルに10年勤務したのち、ソニー執行役員専務、アイワ代表取締役社長を経て、2003年6月25日にベネッセコーポレーションの代表取締役社長兼COOに就任。 その後、2006年6月代表取締役社長兼CEOに昇格。2007年2月21日、CEOを辞任し同社を退社。以降は自身のオフィスで経営コンサルティングを手がける。 関口ひとみ氏からのメッセージ 文協会長 石川レナト 殿文協役員および会員の皆様へ まずは、文協の発展と日伯関係の強化にご尽力いただいている皆様に敬意と感謝を表します。 石川レナト会長、秀島マルセロ副会長が来日された際に、私を文協の顧問会メンバーに任命していただいたことは、嬉しい驚きでした。 私は外交官時代、ブラジルの日系社会の皆様と仕事をする機会に恵まれ、この間、皆さんが展開している活動から多くのことを学びました。多くの話を聞き、ブラジル各地での高貴で価値ある行動を目の当たりにし、私の日系社会に対する憧れは募るばかりでありました。東京の外務省から受けた多くの使命の中で、ブラジル日系社会と協力して働くことは、最もやりがいのある貴重なものの 1 つでした。皆さんと築き上げた関係、皆さんから受けた歓迎は、今では私の最大の宝物です。 この偉大で重要な文協ファミリーの一員に指名されたことは、私の長いキャリアの中で最大の賞だと思います。私が皆様の信頼に値するかどうかは分かりませんし、皆様の期待に応えられるかどうかの自信もありませんが、日伯関係強化の道を、より多くの人々、特に友好国である両国の友好を深める基盤である若い人々に歩んでもらえるよう、皆様の足跡を追いながら努力したいと思います。 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 関口ひとみ氏 略歴 熊本県生まれ。3歳の時両親に連れられ飛伯。サンパウロ州立総合大学(USP)文学部を卒業後、当地総領事館の現地採用を経て、日本国外務省に本省採用された。2006年からベレン、ブラジリア、リオ、レシフェと主要な総領事館で公務を担った。2年後、一等書記官として在レシフェ日本国領事館長に就任、2015年には在サンパウロ日本国総領事館副総領事、2018年には在マナウス日本国総領事館総領事に就任、在中南米日本国総領事館では、女性初の総領事となった。2021年、日本に帰国。現在、日本ブラジル中央協会では常務理事を、海外日系人協会では理事の役職を担っている。

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Evento de exposição do Museu da Imigração “Arigatô Café” 22 de novembro a 31 de janeiro

    【Arigatô Café!】 Data: 22.11.2023 a 31.01.202418/12 a 05/01 fechado para feriado de fim de ano     Horário: terça a domingo, das 10h00 às 17h00 (última entrada às 16h00) ※Fechado todas as segundas-feiras Local: 9º andar, Museu da Imigração Japonesa BrasileiraTaxa de admissão:・Adulto 16 reais por pessoa・8 reais para maiores de

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