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『ブラジル日本移民110周年記念第一弾リッファ(協力券)』キャンペーン

ブラジル日本移民110周年記念祭典委員会は、 記念事業の資金集めのため、 リッファ(協力券)の販売を開始しました。 このキャンペーンは、 ブラジルトヨタとファストショップからの多大な協賛を得ており、 商品は下記の通りです。 第1等:トヨタ・プリウス1台 MY High 、2017年最新モデル、ホワイトパールカラー、 ハイブリッド式(電動モーターとガソリン) 第2等:キャノン社の一眼デジタル・カメラ「EOS」 第3等:パナソニック社の40インチ大型テレビ 第4等:ソニー社のスマートフォン「エクスペリア」XA4G 第5等:パナソニック社の電子レンジ 価格:1枚R $ 35.00 ※チケット10枚の販売協力をいただいた方には、1枚分を贈呈します。 販売場所:文協事務所及び、同会館内2階の110周年委員会事務所 抽選は来年2月24日に行われます。尚、税金や諸経費を除くリッファ販売による収益金は、記念式典開催及び国士舘再開発事業に充てられる予定です。 お問い合わせ:電話(11)3208-5519 /(11)3209-3875 マサミまたはカティア。 (11)308-1755 文協事務局まで。 電子メール 110anos@bunkyo.org.br

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天皇陛下御誕生日祝賀会

日 時:2017年12月1日(金)午前9時より 場 所:ブラジル日本文化福祉協会ビル内移民史料館9階 毎年開催している伝統行事の一つである天皇陛下御誕生日祝賀会を開催いたします。 共催団体: ブラジル日本文化福祉協会 サンパウロ日伯援護協会 ブラジル日本都道府県人会連合会 日伯文化連盟 ブラジル日系老人クラブ連合会 皆様のお越しをお待ちしております。

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第二十九回 伊藤園 お~いお茶 新俳句大賞

伊藤園新俳句大賞実行委員会主催「第29回 お〜いお茶新俳句大賞」の作品募集がはじまりました。 毎年同様、文協では応募用紙を配布しています。 募集は、小・中・高校生、一般A(40歳未満)、一般B(40歳以上)および英語俳句の6部門で受け付けています。希望される方は、応募用紙に作品と必要事項を明記の上、郵送してください。なお、締め切りは来年1月26日(必着)です。 また、昨年度の記入用紙に仕様変更があるため、必ず今年度の用紙を使用してください。Eメール、郵送での資料送付も受け付けております。 「新俳句」は、季語がなくても多少字余りであってもかまいません。感じたこと、思ったことを五・七・五のリズムにのせて、のびのび表現してください。皆様の応募をお待ちしています。なお、受賞作品は製品パッケージに掲載されます。 「第29回 お〜いお茶 新俳句大賞」作品募集 応募用紙 日本語俳句 応募用紙 英語俳句 締め切り期日:2018年1月26日(金)必着 Sociedade Brasileira de Cultura Japonesa e de Assistência Social Rua São Joaquim,381 – Liberdade – São Paulo – SP CEP 015008-900 A/C Chika Ebisawa 海老澤 千佳 お問い合わせまで:TEL : (11)3208-1755

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2017春の古本市

10月29日、文協で毎年恒例の「春の古本市」を開催いたします。 同古本市では、マンガ、辞書、子供用の本、小説、雑誌などたくさんの書を取り揃えています。 皆様、お誘い合わせの上、是非お越しください。 貴重な1冊にめぐり合えるかもしれません。 また、図書委員会では古本市の準備、販売のお手伝いをしていただけるボランティアを募集しています。可能な日、時間帯でもかまいません。ぜひ、ご協力ください!! 主催:文協図書委員会 日時:10月29日(日) 9時~15時まで 場所:文協展示室(図書室階下) Rua São Joaquim, 381 – Liberdade – São Paulo – SP (地下鉄サンジョアキン駅近く) ボランティア募集:図書委員会では古本市の準備、販売のお手伝いを募集しています。可能な日、時間帯でもかまいません。 10月28(土) 朝9時集合 書籍整理、会場設営 10月29(日) 朝8時30分集合 図書販売 問い合わせ:(11) 3208-1755まで

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野口泰在サンパウロ日本国総領事館総領事歓迎祝賀会のご案内

この度、在サンパウロ日本国総領事館総領事に野口泰氏が就任されました。 日系社会では野口新総領事の門出を祝うべく以下のとおり歓迎会を開催いたします。 みなさま、お誘い合わせの上ご参加ください。 以下、野口泰総領事のプロフィールです。 野口泰(のぐち やすし) 1966年(昭和41年5月7日生) 山口県出身 平成 2.3 京都大学法学部卒業 2.4 外務省入省 17.8 在ペルー日本国大使館 一等書記官 19.1 在ペルー日本国大使館 参事官 20.8 大臣官房総務課監察査察室長 21.7 総合外交政策局安全保障政策課国際平和協力室長 21. 12 大臣官房 23.3 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震緊急災害対策本部被災者生活 支援特別対策本部事務局参事官 23.8 中南米局中米カリブ課長 25.8 総合外交政策局軍縮不拡散・科学部軍備管理軍縮課長 27.8 警視長 警察庁長官官房付 27.9 宮崎県警察本部長 野口泰在サンパウロ日本国総領事館総領事歓迎祝賀会 日時:2017年10月17日(火)午後7時30分より (開始30分前に受付へお越し下さい) 場所:ブラジル日本文化福祉協会(文協)貴賓室 Rua São Joaquim, 381 – Liberdade – SP (地下鉄サンジョアキン駅より徒歩5分。駐車場あり Rua Galvão Bueno 540) 会費:100レアル 申込締切:出席ご希望の方は10月10日(火)までに文協事務局へご連絡ください。 担当:ミチエ又はサユリまで TEL:(11)3208-1755 E-mail:site@bunkyo.org.br 共催団体:ブラジル日本文化福祉協会、サンパウロ日伯援護協会、ブラジル日本都道府県人会連合会、ブラジル日本商工会議所、日伯文化連盟、社会福祉法人救済会、希望の家福祉協会、社会福祉法人こどものその、社団法人アルモニア教育文化協会、茶道裏千家ブラジルセンター、ブラジル生け花協会、ニッポン・カントリークラブ、ブラジル日系熟年クラブ連合会、コチア青年連絡協議会、サンタクルス日伯慈善協会、国外就労者情報援護センター、リベルダーデ文化福祉協会、聖北文化体育連合会、ピラチニンガ文化体育協会、外務省研修生OB会、 国際協力機構帰国研修員同窓会、伯日文化社会統合協会、ブラジル日本語センター、ブラジル・ニッポン移住者協会、ブラジル仏教連合会、エスペランサ婦人会、ブラジル日系学術研究者協会、ブラジル農業拓植協同組合中央会、ブラジルふるさと創生協会、ブラジル日系ゴルフ連盟、ブラジル日本青年会議所、日本留学生研修員ブラジルOB会、サント・アンドレ日系連合会、ブラジル桜イッペ連盟。

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ジャパンハウス『隈研吾-エターナル・エフェメラル』展

7月17日、ジャパンハウスサンパウロにて建築家である隈研吾氏の展覧会『隈研吾-エターナル・エフェメラル』の開会式が行われました。 その際、隈氏より呉屋春美文協会長へ文協が管理するイビラプエラ公園内の日本館(1954年堀口捨巳氏建築)に関するエッセイの贈呈がありました。 2015年、隈氏がサンパウロ日本館を訪れた際、同館は1988年より修復工事に携わっている中島工務店による4度目の改修工事中でした。岐阜県中津川市に本社がある中島工務店は、日本のお城、お宮、茶屋などの木材建築はじめ、鉄やコンクリートをも用いて幅広く仕事をこなす工務店です。中島紀于社長と6人の職人たちは修復のために来伯し、使用された木材も日本から取り寄せました。1988年の修復工事から、全4回に及ぶ工事はすべて中島氏のご好意により実現し、修復に使用される材木もすべて提供していただきました。 このサンパウロ日本館への訪問は木造建築を専門とする隈氏にアルミの外観を予定していたジャパンハウスの設計図を考え直させる出来事となりました。また、今年5月6日、パウリスタ大通りに開館した同施設の建設を中島工務店に依頼するきっかけともなりました。 伝統を残しつつ、現代の日本を表現するジャパンハウスの外観は、20世紀を代表するモダニズム・木造建築家である堀口捨巳氏が建築した日本館との特別なつながりによって永遠に記憶にとどめられることとなりました。 呉屋春美文協会長は、エッセイを受け取った際のお礼の挨拶で、「堀口先生と隈先生のみが日本建築家として、ブラジルの大地に作品があり、両方とも木造であることはたいへん喜ばしいことです。隈先生がデザインされたジャパンハウスとの特別なコネクションをきっかけに、日本館に新たな来場者を引き寄せることになりまして、日本の建築意匠が広く知られるようになってきております。 来年の日本移民110周年記念祭典とともに、これから更なる日伯交流の発展につながることを願っています。」と話しました。 プロフィール 隈研吾(くま・けんご) 1954年横浜生まれ。東京大学大学院工学部建築学科修了。コロンビア大学客員研究員を経て、2001年より慶應義塾大学教授。2009年より東京大学教授。 1997年「森舞台/登米町伝統芸能伝承館」で日本建築学会賞受賞、同年「水/ガラス」でアメリカ建築家協会ベネディクタス賞受賞。2002年「那珂川町馬頭広重美術館」をはじめとする木の建築でフィンランドよりスピリット・オブ・ネイチャー 国際木の建築賞受賞。2010年「根津美術館」で毎日芸術賞受賞。 『隈研吾-エターナル・エフェメラル』展 会期  2017.7.18-2017.9.10 火曜日~土曜日  10h~22h 日曜日・祝日:  10h~18h 入場無料 http://www.japanhouse.jp/saopaulo/event/kengokumaexposicao_00001.html 日本館についての情報は下記リンクからご覧ください https://bunkyo.org.br/pt-BR/pavilhao-japones 以下、日本館についての隈研吾氏によるエッセイです。 サンパウロ日本館 1954年の1月から1年間、ブラジルのサンパウロ市で、サンパウロ市制400年記念の万国博覧会が開かれた。会場計画の中心人物は、すでにモダニズムの鬼才として、世界に名を知られていたブラジル建築界のエース、オスカー・ニーマイヤー(1907-2012)であり、彼の力強い造型が、180万㎡のイビラブエラ公園全体で、華々しく展開した。 一方、日本館を任されたのは、和風建築の巨匠、堀口捨巳(1895~1984)であった。片やコンクリートの彫刻家、片や繊細な木造。これほど極端に対照的な組み合わせは考えられない。そして、できあがった日本館も、いかにも堀口らしい繊細な木造建築であった。堀口の設計した建築群の中でも、最も繊細なものと呼んでいい。桂離宮にヒントを得たと思われる、細い木の柱で建築を支える手法は、すばらしい完成度に達し、インテリアでも細い材料が繊細な音楽を奏でている。自由でマッシブな形態、強烈な色彩のニーマイヤーのコンクリート建築とは、すべての点で対極的であった。意図的であるとしか思えない対比が、そこには存在している。 当然堀口はニューマイヤーの会場計画を見せられていた。ニューマイヤーがどういう人物、どのような作風であるかも知っていた。堀口は何を考えながら、どのようにして、この日本館のデザインにたどりついたのだろうか。なぜここまで対極に振らなければならなかったのだろうか。 まず考えなければならないのは、日本のモダニズム建築とは、そもそも何だったのかという問題である。日本のモダニズム建築は、カタストロフと、深い関係をとり結んでいる。関東大震災と、第二次大戦という2つの悲劇(カタストロフ)による都市の消失を経て、日本はそれまでの「木の都市」を捨てて、「コンクリートの都市」を獲得した。それを、国家目標と決め、コンクリート化は日本の建設産業をうるおし、戦後日本の発展の経済的なベースとなった。20世紀初頭の西欧に登場した、コンクリートと鉄でできた機能主義建築、すなわちモダニズム建築が、コンクリート化した日本の都市の「制服」となった。コンクリート化という国家目標を達成することに、官民一体となって走ったのが、20世紀の日本建築史であったわけである。 その大きな流れの中で、堀口という建築家は奇妙なポジションにいた。一言でいえば、堀口は早すぎたのである。あまりに早熟だったのである。彼は1920年、東京大学建築学科在学時に、分離派建築会というグループを同級生6名で立ち上げ、7月には白木屋デパートで、「第一回日本分離派建築会展覧会」を開催し、岩波書店からも「分離派建築会宣言と作品」を出版。 1920年という日付にこそ注目すべきである。関東大震災は1923年9月であった。分離派建築会は、19世紀末に発するウィーン分離派にちなんだ命名で、日本で初のモダニズム建築の運動であった。東大の学生が、突然にして、日本の建築会の渦の中心となり、若きスーパースターが誕生したのである。もちろん、日本のモダニズム建築ととれる前川國男(1905-1986)よりも、丹下健三(1913-2005)よりも、ずっとずっと早いスタートであった そして最も注意すべきことは、堀口が関東大震災よりも早かったという事実である。関東大震災というカタストロフの後、日本の建築界は、木造の否定、都市のコンクリート化へと一直線に走った。最先端デザインであった西欧のモダニズム建築の導入と、大震災の教訓としての反木造とが、ぴったりと併走して、20世紀の日本建築のメインストリームとなった。モダニズムと大震災の同時性という時間的偶然が、その後の日本建築の流れを決めた。建築の流れを決定しただけではなく、日本社会の方向性をセットした。大震災があったからこそ、こんなにも早く、都市のコンクリート化が実現し、土建国家の方向に、国が一気に走り始めたのである。丹下、前川は、その潮流のトップランナーとなって、新しい時代を走り抜けたのである。 一方、堀口は、関東大震災のという笛の鳴る直前に、フライングしてしまったのである。単に分離派宣言(1920)を出しただけではなく、その宣言の延長線上に紫烟荘(1926)という不思議な木造住宅を設計し、発表してしまったのである。紫烟荘は、関東大震災後にメインストリームとなるコンクリートのモダニズムとは、明らかに異質であった。まずコンクリート造ではなく、木造であったし、フラットルーフではなく、茅葺の勾配屋根がのっていた。田園風のとてつもなく「しぶい」ものだった。 1910年代から20年代にかけて、ヨーロッパ建築界をにぎわしたアムステルダム派のデザインから堀口が影響を受けたことは明らかであった。アムステルダム派は大きな意味ではモダニズム建築の一派とくくることができるが、1930年代以降にモダニズムの主流となる、コンクリートボックスのデザインとは、対極であった。コルビュジエやミース・ファンデルローエがリードしたコンクリートボックスのモダニズムは、大量生産、大量消費を基本コンセプトとする工業化社会のニーズに答える優等生的デザインであったが、アムステルダムは、むしろ工業化社会の合理性を批判しているかのように見える。堀口がフライングだとしたら、アムステルダム派もフライングかもしれない。あるいはあえて、水のない地面の上に飛び込んだのかもしれない。 堀口は早熟であり、繊細であり、プライドも高かったのであろう。そのためにフライングし、さらにそのまま宙吊りになってしまったのである。そして堀口という建築家の一番のすごさは、それではコンクリートへと転向しなかったことである。彼はフライングで選んでしまった木造と添い遂げた。そのために、日本の伝統建築を、その後徹底的に学習した。伝統という助けを借りなければ、木造という一種の「過去の遺物」をもってコンクリートという時代の大潮流に立ち向かうことはとうてい無理であると、堀口は察知したのである。その意味で堀口の人生は悲劇であり、喜劇であったかもしれないが、充分に賢明でもあった。 その宙吊りの堀口が、よりによってコンクリートモダニズムのトップランナーであるオスカー・ニーマイヤーのデザインする博覧会の中に日本館を設計することになるとは、なんという時代のめぐりあわせだろうか。そして、これ以上の悲劇/喜劇がありえるだろうか。 堀口が、サンパウロの地で、いかに悩んだかは想像に難くない。この逆説的状況にどう対処すべきか。仕事を受けるべきか受けざるべきか。堀口はこう記している。「私はニーマイヤーのあの烈しい表現を伴った傍らに、自分の設計を試みる勇気を全く欠いていた。(中略)それから半月ほど私は柄にないこの仕事を如何にして断るべきかを考え続けた。」 しかし結局、堀口はサンパウロの仕事を受けた。しかも、『時代遅れ』の木造をもって、ドン・キホーテのごとき構えで、ニーマイヤーにいどんだ。サンパウロの日本館を一言でいえば、20世紀のドン・キホーテということになるだろう。それは喜劇である以上に英雄的であり、それゆえに人を打つ。 ドン・キホーテは、いかにしてコンクリートに闘いを挑んだか。20世紀のドン・キホーテはしばしば、庭を武器とすることを選んだ。和風の庭と抽象的なモダニズムの庭とを、レベル差を用いてセパレートするという巧みな操作によって、堀口は知られる。彼は繊細な木の建築を、庭という囲いを用いてまもったのである。堀口の代表作と呼ばれる岡田邸(1933)は、隔離された和の上に建つ木造と、抽象化された洋の庭の上にたつモダニズム建築を見事に共存させたのである。木造というドン・キホーテをモダニズムと対等に闘わせるためには、庭という強力な助けが必要であると、堀地は直観していたのである。 サンパウロも、堀口は徹底して庭にこだわった。庭の助けを借りて、ドン・キホーテをコンクリートの暴力からまもろうとしたのである。日本館の敷地が、巨大なユーカリの樹々によって、ニーマイヤーの建築群から隔離されていることを知って、まず堀口は安堵した。ユーカリの庭でニーマイヤーの暴力から隔離し、それだけでは足りずに、水の庭によって、さらに隔離を徹底させた。サンパウロの日本館のデザインの中心は、水の庭である。サンパウロ日本館は桂離宮のコピーだといわれてきたが、僕はその説に従わない。空中に浮いたピロティ状のプロポーションは確かに桂離宮の新御殿に似ているが、新御殿は水には浮いていない。堀口の岡田邸で、和庭と洋庭は水で隔離されている。彼にとっては、水が決定的に重要だったのである。建築のプロポーションは二次的な問題であった。それゆえサンパウロの建築には、建築に対する一種のニヒリズムさえ感じられるのである。水がメインであって、建築は脇役であるとうそぶいているような、ニヒリズムが感じられる。博覧会建築という、一種の祭りのためのイベント建築であることが、ニヒリズム感を一層高めている。 堀口は、幸か不幸かニーマイヤーという圧倒的な強敵と遭遇したことによって、庭による隔離を徹底し、建築に対するニヒリズムがめばえ、ドン・キホーテは行くところまで行った。堀口という方法は、サンパウロという場所と出会うことで新しい境地へと到達した。 そこに僕は偶然以上のものを感じる。ニーマイヤーという方法が、そもそもブラジルという場所、ブラジルという遠い場所を必要とした。ヨーロッパの中にいたら、これほどの自由な造型は不可能だったろう。そしてブラジルという遠く自由な場所だからこそ、木造とコンクリートは、こんな乱暴な形で出会うことになったのである。その出会いの緊張感が、サンパウロ日本館という、きわめてユニークな木造建築を創造したのである。 この堀口の水面が、今は白い防水プラスチックシート敷きの、みたこともない不思議な池と化している。まったく日本的でもなく、庭とさえ呼びたくもない。しかし、池が隔離のために用いられたとするならば、これ以上の切断はないかもしれない。この池は今や和庭でもなく、洋庭でもなく、宙づりにされている。この不気味なほどに白い池こそが、堀口というフライングしたドン・キホーテにはもっともふさわしいように、今となっては思えるのである。 Pavilhão Japonês de São Paulo Kengo Kuma, arquiteto Durante

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ブラジル・ニッポン移住者協会主催お花見会

ブラジル・ニッポン移住者協会が2003年に植樹しました雪割り桜のお花見会が今月20日にUSP(サンパウロ州立総合大学)で開催されます。みなさま是非ご訪問ください。 ブラジル・ニッポン移住者協会主催お花見会 日時:8月20日(日)、午前11時~午後3時 場所:USP(サンパウロ州立総合大学)内CEPEUSP お問い合わせ:ブラジル・ニッポン移住者協会、(11) 4611-0159まで。 主催:ブラジル・ニッポン移住者協会 協力:USP(サンパウロ州立総合大学) 入場無料

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Missa de 7º dia em memória de Kazuo Harasawa

Será realizada missa de 7º dia em memória de Kazuo Harasawa, um dos fundadores da Sociedade Brasileira de Cultura Japonesa e de Assistência Social – Bunkyo, membro e ex-presidente do Conselho Deliberativo da entidade e ex-vice-presidente do Pavilhão Japonês, além de ex-presidente da Beneficência Nipo-Brasileira de São Paulo – Enkyo.

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一般財団法人日伯協会からのお知らせ◇企画展「多文化共生をめざす日本のブラジルタウン」7月1日~10月1日まで

一般財団法人 日伯協会からのお知らせ 兵庫県神戸市にある一般財団法人日伯協会より、「ブラジル日本移民115周年記念・多文化共生をめざす 日本のブラジルタウン」をテーマとした、移住ミユージアム2023年度前期企画展開催のお知らせが届きました。 【多文化共生をめざす日本のブラジルタウン】 日 時:2023年7月1日(土)~10月1日(日)     午前10時~午後17時(最終入場は16時)     ※毎週月曜日は休館(月曜日が祝日の場合は翌日が休館) 場 所:海外移住と文化の交流センター・1階特別展示場      神戸市中央区山本通3丁目19-8 入場料:無料 『多文化共生をめざす日本のブラジルタウン』 1990年に改正入管法が発効されて以来、 多くのブラジル人が日本に仕事を求めてやってきました。 そのほとんどは製造業に従事し、工場がある地域にはブラジル人が集住するようになります。 そして、 ブラジル料理店やブラジルの食材を扱うスーパーなどができ、 サンバなどのイベントが行われることでブラジルの文化が定着し始め、 「ブラジルタウン」と呼ばれる地域が各地に誕生しました。この企画展では、ブラジルタウン4市町 (群馬県邑楽郡大泉町、 静岡県浜松市、 愛知県豊田市、 島根県出雲市)で行われている多文化共生をめざす取り組みを紹介します。 お問合せ:一般財団法人 日伯協会 TEL +81 78-230-2891 主催:・一般財団法人 日伯協会・神戸市 後援:・駐日ブラジル大使館・独立行政法人国際協力機構(JICA)

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入選作品決定! 第15回文協総合美術展 

第2次審査を通過し、入選が確定した作品が発表されました。(これまでの経過≫≫≫第15回文協総合美術展 第一次審査通過作品発表!) 【美術部門】 美術部門では、第2次審査を通過した262 人のアーティストによる 439 作品の中から、123名のアーティストによる191作品が入選しました。美術部門入選者リスト なお、受賞者は以下の3名です。おめでとうございます! ・Élcio Miazaki・Márcio Périgo・Marisa Nunes ☆入選したアーティストは、カタログおよび出版物に掲載されるアーティスト名をEメールにてお送りください: 15gebunkyo@gmail.com 【工芸部門】 工芸部門では、第2次審査を通過した113 人のアーティストによる 258 作品の中から、97名のアーティストによる177作品が入選しました。工芸部門入賞者リスト なお、受賞者は以下の3名です。おめでとうございます! ・Cristina Esperante Myrrha・Igor Hideki Hatanda ・Kimie Ino ☆入選したアーティストは、カタログおよび出版物に掲載されるアーティスト名をEメールにてお送りください: 15gebunkyo@gmail.com 提出作品の返却について 第2次選考で惜しくも選考に漏れた作品の返却について 日時:2023年7月27日および28日の10:00~17:00 場所:文協事務局 入選した作品の返却について第15回文協総合美術展開催後の返却となります日時:2023年10月22日 17:30~20:00   もしくは、2023年10月23日と24日の10:00~17:00場所:文協事務局 ※上記指定日時から30日が経過しても作品の返却受取がない場合、主催者は一切の責任を負わず、適切な方法で処分されることを予めご了承ください 第15回文協総合美術展   日 時:2023年10月7~22日      ※7日は開会式   場 所:文協ビル お問合せ:文協事務局 (11)3208-1755 担当-アウローラ

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訃報:網野 勢子 さん

長年にわたり、文協の社会福祉委員会で活躍した網野 勢子さんが、7月9日(日)にお亡くなりになられました。84歳でした。 お通夜は以下の通りです。 日 時:7月10日(月)12時30分 から18時30分まで場 所:Memorial Parque Paulista, à Rua Suécia, 56 – Embu das Artes (SP) 自身の生涯を福祉に捧げた網野勢子氏 ご主人(既に他界)との間に5人のご子息 ( セリオ、マルシア、ニュートン、デニス、ロジェリオ ) と8 人のお孫様に恵まれまた勢子氏は、看護師、衛生学士、老年学者として、体得した知識を生涯にわたり惜しみなく分け与えた女性でした。 勢子氏は、まず看護師としての仕事に従事、その後サンパウロ市庁舎で看護師およびソーシャルワーカーとしてキャリアを積み上げました。 文協と網野勢子氏 文協においては長い間「社会福祉委員会」に携わり、皆からポルトガル語で、より敬意を表す敬称である「Dona ( ドナ ) 」を付けた「Dona Seiko ( ドナ・セイコ ) 」と呼ばれ、親しまれていました。 2007年から「高齢者介護基礎講座」のコーディネーターとして活躍していたドナ・セイコは、ここ文協においても同講座を開講、近年は「介護者のケア」プログラムも立ち上げ、文協の主要な活動の一つとして根付かせました。 またそれだけでなく、2020年10月からは、国家福祉政策に基づく高齢者のためのサービス「高齢者生活センター(NCI)」を文協の一画に開所するために尽力し、大きな反響を呼びました。 ちなみにこのサービスは、JICAが同年に実施した「移住者の団体に対する助成金交付事業」により実現されたものです。 ドナ・セイコは、2021年からは同委員会の委員長に、また2023年4月からは文協の社会福祉担当理事に抜擢されたばかりでした。 その益々の活躍を誰もが期待した中、見事に2023年6月19日、文協がサンパウロ市役所セ地域事務所の監督下にある社会福祉事務局と、「高齢者生活センター(NCI)」の運営に関する5年間の契約を2023年6月19日に締結するに至る大きな立役者の役割を果たしました。 また、同サービス内で実施されている脳の活性化を目的としたプログラム「ISGAME」においては、サンパウロ市の高齢者大評議会からの認証を受け、民間企業からの資金調達を行うことができるようにもなりました。 なお、この「高齢者生活センター(NCI)」には現在、上限まで登録された120名の高齢者が毎日来所しており、161名が空き待ちリストに登録されています。 また、2022年にはシニア・ダンス・プログラムが開始され、毎回1クラスあたり40~60人の高齢者が参加するほど、好評を博しています。 このように、ドナ・セイコは、文協において最も重要な分野の一つである社会福祉部門を大きく発展させた人物として認識され、その名は文協の歴史の1ページに永遠に刻まれるでしょう。 ドナ・セイコ、長い間本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。 心より、ご冥福をお祈りいたします。

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Falecimento de Toru Iwasaki – missa de sétimo dia

Faleceu, no último dia 6 de junho, Toru Iwasaki, 72 anos de idade, presidente da Fazenda Tozan, localizada em Campinas. Foi emitido o comunicado sobre o velório às 9h e sepultamento às 14h do dia 8 de junho em Campinas (SP), no Cemitério Parque Flamboyant – Alameda dos Flamboyants S/N

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石川レナト会長再々選、3期目(2023~2025)続投決定!

写真:開会の挨拶を述べる石川レナト会長 去る4月29日、定款第24、25及び30条の規定により第162回定期評議員会が開催され、53名の評議員(内委任状11名)が出席する中、2022年度の理事会事業報告書、会計報告書、監査役会意見書の審議及び承認、並びに以下の選挙が行われました。・評議員会会長、第1、第2、第3副会長、第1、第2、第3幹事・理事会会長、第1、第2、第3、第4、第5、第6、第7副会長、専任理事、会計専任理事・監査役(正監査役3名、補充監査役3名) 理事会選挙においては、石川レナト現会長が再々選され、第3期目(2023-2025年)続投が決定しました。 写真:元文協副会長の故秀島マルセロ氏に1分間の黙とうを捧げる委員たち まず、本年2月に53歳の若さで急逝した、若者の中心的存在として将来を有望視されていた元副会長の故秀島マルセロ氏に対し、1分間の黙とうが捧げられました。 評議員会会長および理事会会長による開会の挨拶 続いて開会の挨拶に立った評議員会の山下譲二会長は、まず、出席に対する感謝の意を表した後、「パンデミックや、ロシアとウクライナの戦争など世界のさまざまな危機が世界中に影響を与えているが、ここブラジル日系社会もその例に漏れることなく、ほとんどの日系団体に重大な問題をもたらしている。」と語りました。そして「それにもかかわらず、文協はその活動を麻痺させず、石川レナト会長を中心とする執行部の一体化により、全てのイベントを開催し、その役割をしっかりと遂行し続けています。」と労をねぎらいました。 続いて挨拶に立った石川レナト会長は挨拶の中で、「2021年に約65万レアルの赤字決算だった文協が、2022年には約50万レアルの黒字転換という、前代未聞の決算をたたき出しました。」と報告しながら、集まった評議員および全ての会員の尽力に対し感謝の言葉を述べました。 2022年度の理事会事業報告書、会計報告書、監査役会意見書の審議及び承認 続いて、照屋ウーゴ専任理事が4つの統括委員会からなる各委員会の2022年の活動報告を、大塚ウィルソン第一会計理事が財務部分の詳細な説明を、清原ケンジ監査役が監査役会意見書を読み上げ、拍手を持って承認されました。 文協役員選挙 写真:右-石川レナト会長 , 左-木多喜八郎選挙管理委員会委員長 15分の休憩を挟んだ後、議題は文協役員改正選挙に移りました。 選挙管理委員会の木多喜八郎委員長により、今回の選挙に出馬したのは石川現会長の1シャッパのみであったことが報告され、拍手を持って承認されました。 石川レナト会長による所信表明 これを持って三期目の会長に就任した石川会長は所信表明で、「昨年度、経済の部分において黒字決算となった事はもちろん喜ばしいことではあるが、それ以上に誇れることは、パンデミック後の非常に困難な時期に、理事会、沢山のボランティア、そして青年たちによる主体的な協力が見事に一つとなったことです。」と述べました。そして、特に昨年開催し、あらゆる面で前回を上回る驚異的な結果を残した「第25回文協桜まつり」を例に挙げ、「2022年の『黒字決済』の本質は、『人材』の面での『黒字』であったと考えています。」と話し、「このような素晴らしい仲間が集まり、共に仕事をすることが出来ることは、この上なく幸せなこと。」と振り返りながら、「新しい理事会においても、1にも仕事、2にも仕事、とにかく仕事!」と意気込みを見せました。 「『Juntos(共に)』それが我々を更に強くする」 写真: 新理事会メンバー / マイクで話しているのは石川会長同様続投となった山下譲二評議員会会長    (写真提供-ASldo Shiguti) 石川会長は「私は『Juntos(共に)』という言葉を大変気に入っており、今回のシャッパ名にもそれを採用しました。」と話しました。そしてこの「Juntos(共に)」という言葉をここまで意識する要因となったのは、2014年に、故安倍晋三元首相がブラジルを訪問した際のスピーチ「Juntos!! 日本・中南米協力に限りない深化を-対中南米外交・三つの指導理念」だと説明しました。そして「今回、故安倍元首相がブラジル日系社会に残して下さった『Juntos(共に)』という言葉に『それが我々を更に強くする』という一文を付け加えました。」と話し「そしてこれは単なる『美しい言葉』として飾り、眺めるために名付けたのではありません。あくまで、実践するためです。」と力を込めました。 そして引き続き、青年が主人意識を持って活躍する場を提供すること、また文協の地方理事らを通してブラジル全土の約440在る日系団体との交流強化に向けて尽力すると述べました。なお、ブラジル全土の日系団体に対しては、「この約440団体の中には、非常に多くの困難を抱えている団体があることは承知しています。」と話しました。そして「新理事会において、例えば3つ、4つ、非常に困難な状況にある団体を取り上げ、支援することを提案したいと考えています。このような団体を支援するのも文協の大切な役割です。ただ、金銭的な援助はではありません。理事会の中には様々な分野において専門知識を有するプロフェッショナルが大勢います。その知識を提供することで必ず何らかの貢献ができると考えています。他の団体も真似ることのできる、成功のモデルケースを作るためです。」と話しました。そして、理事会のプロフェッショナルなメンバーの一例として、フォード・モーターなど大企業で経験を積み、今回、広報委員会の委員長に新しく就任した蔵力(ゾウリキ) クリスチーナ氏を紹介しました。 続いて、文協が運営する3つの「館」- この類の史料館の中では世界最高峰と言われるまでになった「ブラジル日本移民史料館」、栗田運営委員長によって活力を得た「日本館」、つい最近まで採算が取れず文協のお荷物と揶揄されていた「文協国士舘公園」が「運営成功のモデルケース」となったことについても言及しました。ただ、文協国士舘公園内に現在建設中である原沢和夫パビリオンについては、パンデミックと資金不足により、予定より完成が遅れていることを謝罪しました。しかし、「財政上の優遇措置法(ProAc)により、工事を終えることができるようにしたい。」と今後の対策についても言及しました。 また、文協ビル正面の近代化も、新理事会の成すべきうちの一つであると付け加えました。「文協の管財委員会の山村シルビオ委員長の尽力により、建物の改修に使用できる資金を市役所から得ることができました。」と報告しました。 最後に「私たちがやっていることは一過性のものばかり」であることを認め、「未来に何かを残す、レガシーを残す、という、文協は大きな目標を持たなければならない。」と述べました。そして「例えば、文協の2030年をデザインしましょう。これからどんな姿になるのか?どうすれば自立できるようになるのか?2030年に向けての野望を持つ必要があります。私はそれが、本当に重要だと考えます。それは私たちがレガシーと呼んでいるものであり、日々の仕事を超えた私たちの偉大な仕事だと言えます。そのために、会長補佐が参加するグループを組織し、彼らが理事会と評議会に対してこの意味での提案を準備できるようにし、我々は評議員との透明で対話的な方法でこれを公式化するつもりです。」と述べました。 記事協力:Jornal Nippon Ján シグチ・アルド編集長

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運営時間変更のお知らせ:ブラジル日本移民史料館 午前10時から入館頂けます!

平素よりご愛顧賜り誠にありがとうございます。 2023年2月1日より、火~金曜日におけるブラジル日本移民史料館の運営時間が変更になりました。 以前は、午後からのオープンでしたが、2月1日より午前10時から入館頂けるようになりました。ぜひ、ご利用ください! 【住所】Rua São Joaquim 381 Liberdade São Paulo-SP・文協ビル7・8・9階 – 常設展示場・文協ビル3階 –史料館事務所 , 史料館図書館 【運営日時】・常設展示場(7・8・9階) : 火~日 10~17h ※ 最終入場時間:16h (月曜日休館)・3階事務所および史料館図書館* :月~金  9~17h / 土   13~17h    *史料館図書館をご利用の際は事前申込が必要です。閲覧希望日時を記載しmuseu@bunkyo.org.brに送付してください。なお書籍及び史料の閲覧は閲覧室のみ可。   同じく資料調査室利用希望の場合も、事前に研究プラン等を記載し、メールにてお申し込みください。 【入館料】・大人 :16レアル・学生(学生証提示のこと):8レアル・5〜11歳の子供:8レアル・60歳以上:8レアル※水曜日は無料 【案内付見学】・料金:150レアル ※入場料は含みません (要予約/1グループ40名まで/所要時間約60分/火~金)  お問い合わせ:     TEL:(11) 3209-5465     メール: museu@bunkyo.org.brブラジル日本移民史料館公式サイト:ブラジル日本移民史料館

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祝!令和5年春の叙勲受章🏅呉屋春美前文協会長も!

ブラジル在住の令和5年春の叙勲者が発表されました。文協の呉屋 新城 春美 前会長も、ご受章されています。おめでとうございます! 在サンパウロ日本国総領事館 推薦叙勲受章者 (敬称略) 日下野 良武(79歳)旭日双光章 サンパウロ市在住 / 国籍:日本 (主要経歴)元 ブラジル日本語センター理事長(現名誉理事長)現 ブラジル熊本県文化交流協会理事長(主な功績)ブラジル日本語センター理事長、副理事長、顧問、名誉理事長を通じ、長年ブラジルにおける日本語普及活動に取り組むとともに、講演会や有識者等への働きかけを通じ、海外日本語教育の充実にも尽力した。また、邦字紙「サンパウロ新聞」東京支社開設と同時に支社長に就任し、その後同新聞社本社常務取締役及び専務取締役を務め、ブラジルにおいて日伯情報を日本語で提供した。さらにジャーナリストとして日伯両国の情報発信と文化交流を促進し、熊本県文化交流協会理事長を務めるほか、地元有力紙へ約40年間にわたる記事の送稿を通じ、ブラジルと熊本の交流にも貢献した。 呉屋 新城 春美(70歳)旭日小綬章 バルエリ在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元ブラジル日本文化福祉協会会長、元 ABJICA 会長、ブラジルいけ花協会副会長(主な功績)呉屋氏は、平成27年から平成30年の4年間、ブラジル日本文化福祉協会会長として、様々な事業を推進し、日伯両国間の親善交流に大いに貢献した。同協会創立60年にして初の女性会長であり、ブラジル日系社会の女性リーダーとしても中心的役割を担った。平成30年には、ブラジル日本移民110周年記念式典の式典委員長として、日伯両国を代表する多くの要人の参加を呼びかける等尽力し、式典を成功へ導いた。また、JICA帰国研修員同窓会(ABJICA)でも初の女性会長として、在サンパウロ日本国総領事館やサンパウロ州と協力し、様々なセミナーやシンポジウムを開催し、技術協力事業及び学術面における日伯間の交流促進に寄与した。現在は、ブラジルいけ花協会の副会長として、サンパウロを中心としたブラジル各地で、生け花体験教室や展示会などを開催し、日本の伝統文化の普及、日伯間の文化的交流・強化に貢献している。 ルイス・フェルナンド・フルラン(76歳)旭日重光章 バルエリ市在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元 開発商工大臣現 ジャパン・ハウス サンパウロ(JHSP) 運営委員会メンバー現 日伯戦略的経済パートナーシップ賢人会議 伯側メンバー(主な功績)開発商工大臣としてブラジル産バイオエタノールの日本への供給や、日本方式を基礎とするデジタルテレビ方式のブラジルへの導入に貢献し、日伯間の貿易促進及び技術提携に大きく寄与した。また、ジャパン・ハウス サンパウロの有識者アドバイザー及び運営委員として、同事業の立ち上げから開館、さらにその後の安定的な運営に貢献した。さらに、日本をよく知る有識者として、日伯戦略的経済パートナーシップ賢人会議の伯側委員を務め、自身の40年以上にわたる食品業界での経験や企業経営者としての視点を活かし、日伯間の経済パートナーシップの強化に向けて尽力している。 安永 ルイス(86歳)旭日単光章 プロミッソン市在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元プロミッソン日伯文化体育協会会長(主な功績)安永氏は、プロミッソン日伯文化体育協会会長として、長年、文化・スポーツ活動を通じて、日系社会の活性化、日本文化の普及、ブラジル社会との融和に取組み、日伯間の友好促進に大きく貢献した。同協会が主催する運動会は、昭和24年から70年間にわたり継続して行われ、現在は地域住民約2千人が参加する同市における一大イベントとなっている。同運動会の開催は、日系社会のブラジル社会への融和を象徴しており、同地域の日系社会の更なる活性化に繋がるものである。また、平成2年から令和2年まで、約30年間にわたり、プロミッソン日伯学校においてボランティア日本語教師として勤務し、日本語教育だけでなく、日本の習慣や価値観、日本文化の継承に尽力した。同学校には、子供から大人まで、日系人・非日系人を問わず通っており、日系社会を担う次世代の育成に大きく寄与するとともに、同地域の日本語教育の拠点として重要な役割を担っている。その他にも、平成10年から平成30年の20年間にわたり、プロミッソン市を含むノロエステ地方を対象とした、ノロエステ日本語普及会に所属し、林間学校や日本語学習発表会など様々なイベントを開催し、同地域の日本語・文化普及に大きく貢献した。 在クリチバ日本国総領事館 推薦叙勲受章者 (敬称略) フェルナンド・エイゾウ・オノ(74歳)旭日重光章 クリチバ市在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元労働高等裁判所判事(主な功績)ブラジル日系人として初めて最高裁判所にあたる労働高等裁判所の判事に就任し、約10年間にわたる同裁判所判事としての活動等を通じて、パラナ州及びブラジルにおける日系人の地位向上や対日イメージの向上に大きく貢献した。また、日本国最高裁判所判事がブラジルを訪問した際には、ブラジル労働高等裁判所との協議をアレンジし、労働法制や労働問題等にかかる両国の相互理解に尽力した他、日本からの要人来訪時にはブラジル日系社会を代表して応対する等、様々な形で両国の関係発展に貢献した。 タダアキ・ヒロセ(77歳)旭日中綬章 クリチバ市在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元第四管区連邦地域裁判所長官(主な功績)ブラジル第二の日系社会を有するパラナ州において、日系人として初めて連邦判事に就任。ブラジル南部3州を統括する第四管区連邦地域裁判所では、管理官や長官等の要職を務め、この間、訴訟手続きの電子化等を通じた司法改革を推進する等、ブラジル司法界に功績を残し、日系人の地位向上や対日イメージの向上に大きく貢献した。更に、外務省招聘プログラムで訪日した後、司法分野における両国の相互理解の促進に尽力し、在クリチバ日本国総領事館に法的助言等を行い、その活動を支援するところもあった。 在リオデジャネイロ日本国総領事館 推薦叙勲受章者 (敬称略) 浜田

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