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国士舘:文協とマレットゴルフは譲渡契約を結ぶ

12月1日、文協(ブラジル日本文化福祉協会)と国士舘マレットゴルフ協会は使用権利の譲渡契約を結びました。日本の国士館大学によって設立されたサンパウロ州サンロッケ市国士舘大学スポーツセンターは1997年に文協に寄贈されましたが、文協は地域の活性化を目指して、58ヘクタールという国士舘大学スポーツセンターのこの広大な土地を他の団体や企業に譲渡して有効に利用してもらうことを計画しており、今回のマレットゴルフ協会への譲渡はその最初の試みとなります。 ブラジルでマレットゴルフを愛好する競技者は約1200人。日系人口の最も多いサンパウロを中心にその輪は広がりつつあるようです。今人気を集めているそのマレットゴルフ団体に正式に場所を提供することで、マレットゴルフ熱が勢いを増し、その競技者である日系社会とブラジル社会がさらに結びつきを強め、地域を活性化させていく。それが文協の願うところです。国士舘大学スポーツセンター内に所在するマレットゴルフ協会本部にて結ばれたこの契約は、国士舘大学スポーツセンター所有の敷地26.725 m²の法的譲渡手段確立のための、マレットゴルフ構成員による以前の返還請求の結果です。 スポーツセンターの正面入口側に位置するこの敷地は、地元住民のグループの一つがこの場所でマレットゴルフを楽しむようになった1999年以来、協会によって使用されるようになりました。 最近、国士舘本部ではみなさんにより快適に施設を利用していただくために環境を改善する様々な工事が行なわれており、豊かな木と芝で覆われたそれぞれが18コースを有する2つのマレットゴルフ場も創設されました。1年間の活動内容としましては、会員たちは毎週の練習(週末に重点を置いて練集中)に加えて、12の公式マレットゴルフチームを巻き込んだ地元トーナメントと地方選手権大会を行なっております。 使用権の譲渡契約は文協木多喜八郎会長と国士舘マレットゴルフ協会井上久弘会長によって結ばれ、契約期間は2013年12月1日からの25年間、つまり2038年までとなっています。契約はさらに契約20年目に当事者が契約を更新するか終了するかの旨を表明することを定めています。今年1月より、福沢明新会長がマレットゴルフ協会の指揮をとっています。

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日本移民史料館の最新化と便利さを追求

去る12月2日、文化奨励法(ルアネー法*)の適用が認可され、来館者がさらに利用しやすいようにブラジル日本移民史料館の展示スペースを最新のものとするリフォーム計画がブラジル文化省により承認されました。 ブラジルにおける日本人移民記録に関する最重要機関として認められているブラジル日本移民史料館は、車椅子利用者の通行を容易にするためにエレベーターを設置することや、展示コースに新しい技術を採用することを主体とした、総工費404.820,41レアルの企画を承認されました。 企画に基づいて、設備などを運ぶ業者や、年配の方のような移動に困難のある人たちの通行を可能にするためにビル8階と9階の間にエレベーターが設置されます。 また視界をよくするため展示エリアの照明が取り替えられ、壁の説明文や文章に点字が設置され、ポルトガル語・英語・日本語の3ヶ国語で音声案内システムが導入されます。企画はさらに、長い展示コース中にひと休みできるようにソファの設置や、双方向マルチメディアスタンドの設置、点字を添付した展示ルートのカタログ出版も視野に入れています。 史料館最新化と便利化のための総額徴収は12月31日(2013年)までに行なわれる予定でしたが、12月2日から20日足らずですでに全額に近い額が集められました。住友三井銀行が18万レアル、ヤクルトが10万レアル、さくら醤油が6万レアルの貢献をしてくれたのです。 日本移民史料館は、移民70周年祭の記念事業として1978年6月18日にオープンしました。当時の皇太子・明仁親王殿下(今上天皇)と美智子妃殿下(皇后様)、エルネスト・ガイゼルブラジル大統領(故人)によって開館されました。2015年の文協創立60周年に向けての文化空間プロジェクトの一つとして、移民史料館リニューアルを実現させたいと考えています。 史料館の建設は、日本人移民の苦労と成功を日系社会のみならずブラジル社会においても伝え、一人でも多くの人々に知っていただき、その貴重な歴史を保存することを目的とした、ブラジル日本文化福祉協会による事業でした。今後も同じ目的と思いで、文協は移民史料館の維持に努めてまいります。現在、展示エリアは1250m²の総面積を有し、さらに329m²の移民史料館収蔵庫・事務室があります。どうぞみなさん、ブラジル日本移民史料館をご利用ください。 *ルアネー法=企業が文化事業に所得税の一部を充てることが出来る寄付免税制度

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講演会「日系社会の活性化」3月6日19時~

 「日系社会の活性化」。今、ブラジル日系社会の“中”にいる人、またはブラジル日系社会の“近く”にいる人は、この言葉に目を奪われずにはいられないでしょう。なぜなら、現在の日系社会の現状を知っているあなたは、活性化の緊急な必要性を肌で感じているからです。 みなさんがご存知のとおり、1908年の笠戸丸を皮切りに日本人のブラジル移民の歴史がスタートしました。二度の世界大戦の後、1951年に日本とブラジルの国交が回復したことを受けて、ヴァルガス大統領は日本人移民の受け入れ再開を認め、1953年から移民の送り出しが再開され、日本政府による施策が行われたこともありブラジルへの移民数は年々増加し、1959年に日本人移民は年間で7000人を超え、延べ移民総数は13万人に達しました。この時点でブラジル日系社会は最盛期を迎えました。多くの日系人は大学を卒業し、ブラジル一般社会で大きな成功を収めました。 そして、最初の正式移民がブラジルに渡って100年を超えた現在は、日系ブラジル人6世も誕生した他、日系人以外のブラジル人と結婚するケースも増え、約140万人にのぼる日系ブラジル人は完全にブラジル社会に同化し、多民族国家であるブラジル社会に大きな存在感を示し続けています。この様な同化の流れを受けて日系コロニアは縮小したり、周辺地域と同化して消滅する傾向にあります。さらに日系人の中心地であったリベルダージにおける日系人の空洞化も顕著になり、いくつかの商店は後に来た中国系や韓国系の新移民に買い取られ、日本人街は東洋人街(Bairro Oriental)と名を変えました。 では、一体何が問題なのでしょうか。日系社会が減少・縮小していることが問題なのではありません。それは人類の歴史の流れの中で起きていることであり、誰かや何らかの団体が必死に努力したところでその流れを変えられるわけではありません。今問題となっているのは、その縮小しつつある日系社会が“活気”をなくしていることなのです。社会や家族の単位が小さくなるとそれまでの元気、活気、意欲が失われていくのは自然なことです。しかし、そうなるがままに任せておくなら、いずれ日系社会は抜け殻になってしまいます。日本の文化、伝統、精神という、1908年以来多大の努力と犠牲を引き換えに代々継承されてきた“1世からの相続遺産”は消滅し、日系社会というのは名前だけで実質のない存在となってしまうでしょう。 だからこそ今回行なわれる三木氏による「日系社会の活性化」というテーマのもとに行なわれる講演は、わたしたち日系社会を構成する者たちの注意を引き付け、日系社会の一部をなす者としての意識や生き方に良い影響を与えるものとなるに違いありません。人生の成功、日系社会の未来はあなたの“思考”にかかっているのです。 このタイムリーな講演会にみなさんをご招待いたします。 講演者のプロフィールをご紹介いたします。 1.名前:三木義男(69歳) 2.現職:価値創造経営研究所 代表 (コンサルタント会社) ・JICA委託業務KITA(北九州国際技術協力協会)のコースリーダー ・西日本工業大学非常勤講師 ・日本規格協会専任講師など 3.職歴:TOTO(株)業務改革推進本部 東和大学特任教授 KITAコースリーダー 4.コンサルタント実績:中小企業総合事業団、日本能率協会、日本規格協会、行政機関、中小企業、病院など 日時:3月6日(木)19時 会場:文協貴賓室 Rua São Joaquim, 381 Liberdade – SP (地下鉄サンジョアキン駅より徒歩5分。駐車場あり→Rua Galvão Bueno 540)

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祝・日本館60周年 記念行事その1.裏千家大宗匠を招待

日本人なら子供からお年寄りまで誰もが大好きなお茶。茶道とは湯を沸かし、茶を点(た)て、茶を振る舞う行為。また、それを基本とした様式と芸道のことです。 茶道といえば、みなさんの頭の中に出てくるのはかの有名な千利休でしょう。彼は1500年代、激乱の戦国時代に織田信長や豊臣秀吉に茶頭として仕え、茶道を完成させた人物です。 裏千家の名称は、千利休からの家督を継いだ本家の表千家(不審菴)に対し、今日庵が通りからみて裏にある意。宗家は京都市上京区小川寺之内上ルにあり、表千家宗家と隣接しています。その茶室・今日庵(こんにちあん)は裏千家の代名詞でもあります。 大阪府との境界に位置する京都府大山崎町に日本最古の茶室建造物が存在するのですが、それは千利休の作と信じうる唯一の現存茶室です。この茶室「待庵(たいあん)」は国宝に指定されています。 茶道というのは単に茶を点て、茶を味わうという行為ではなく、茶道が物語る日本の精神に本質があります。千利休の有名な逸話をひとつ。ある朝、秀吉が利休に茶会に招かれると庭の朝顔が全て切り取られていました。不審に思いながら秀吉が茶室に入ると、床の間に一輪だけ朝顔が生けてあり、一輪ゆえに際立てられた朝顔の美しさに秀吉は深く感動したのです。 茶道の美しく深みのある精神は世界に伝えられなければならない。そんな思いで茶道流派の一つである裏千家は活動してきました。その結果、今日では北米、中南米、アジア、オセアニア、アフリカそしてヨーロッパへと広がり、世界30数ヶ国100ヶ所ほどに裏千家の拠点があります。裏千家寄贈の茶室も、ハワイ、バンクーバー、パリ、ロンドン、ミュンヘン、ブリュッセル、ヘルシンキ、リマ、サンパウロ、北京、天津など多くの主要都市にあり、茶道普及のみならず日本文化の紹介と友好のシンボルとして大きく貢献しています。 京都に本部を置く裏千家ブラジル協会は、1954年、サンパウロ市制400年の折に発足しました。当時から、サンパウロで憩いの場として親しまれていたイビラプエラ公園に、日本移民が総力をあげて「日本館」を建設し、これをサンパウロ市に寄付しました。その茶室で裏千家十五代家元が茶を立てたところから、裏千家ブラジル協会の歴史が始まりました。ですから、今年2014年は記念すべき日本館の60周年を迎える年となり、そして同時に裏千家ブラジル発祥60年の年となるわけです。 その大切な節目の記念行事を企画すべく会議が2月11日文協貴賓室にて行なわれました。 ブラジル日本文化福祉協会代表者たち(木多喜八郎会長、呉屋春美副会長、松尾治副会長)と裏千家関係者の方々(日本本部、アメリカ支部、メキシコ支部、ブラジル支部)が会合を持ち、8月29日に行なわれる裏千家記念式典において、兼ねてから文協木多会長が招待していた、60年前に真新しい日本館で茶を点てた裏千家千玄室大宗匠がご出席されることが決定いたしました。木多会長が招待したフェルナンド・アダッドサンパウロ市長の出席も見込まれています。もちろん文協ビル4階「伯栄庵」でもイベントが行なわれる予定です。大切な節目の年となる日本館60周年記念は、お茶に限らず、他にも色々なイベントが行なわれる予定となっています。それらのイベントに関しましては随時お伝えいたしますので、みなさん楽しみにお待ちください。

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ラスト・サムライ死す

戦争が続いていると信じフィリピン・ルバング島に30年間任務を続けた元陸軍少尉小野田寛郎(おのだ・ひろお)さんが1月16日午後4時29分、肺炎のため都内の病院で亡くなり、91年の人生に幕を閉じられました。 小野田さんは1922年(大正11年)3月19日生まれで、1944年12月、第二次世界大戦の最中フィリピンに派遣されました。1945年8月15日正午の昭和天皇による玉音放送をもってポツダム宣言受諾を国民へ表明し、日本は降伏したのですが、フィリピンのジャングルに潜んでいて戦争はまだ続いていると信じていた小野田さんはその後も持久戦により在比アメリカ軍に挑み続け、島内にあったアメリカ軍レーダーサイトへの襲撃や狙撃、撹乱攻撃を繰り返し、合計百数十回もの戦闘を展開しました。 地元警察との戦闘では2人の部下を失い、最後の数年は密林の中を単独で戦闘を続行していましたが、そんな小野田さんも長年の戦闘と孤独に対して疲労を深めていき、1974年に日本の青年鈴木紀夫氏が現地を訪れ、2月20日に孤独に苛まれていた小野田さんとの接触に成功しました。鈴木氏は日本が敗北した歴史や現代の状況を説明して帰国を促し、小野田さんは受け入れました。 小野田さんはフィリピン軍基地に着くとフィリピン軍司令官に軍刀を渡し、降伏意思を示しました。この時、小野田さんは処刑される覚悟でしたが、フィリピン軍司令官は一旦受け取った軍刀をそのまま彼に返しました。司令官は小野田さんを「軍隊における忠誠の見本」と評したのです。小野田の投降式にはマルコス大統領も出席し、その際彼を「立派な軍人」と評しました。こうして小野田さんにとっての戦争は終わり、1974年3月12日に日本への帰国を果たしました。 今回の小野田さんの死去に際し、ニューヨーク・タイムズ紙は、「戦後の繁栄と物質主義の中で、日本人の多くが喪失していると感じていた誇りを喚起した」「彼の孤独な苦境は、世界の多くの人々にとって意味のないものだったかもしれないが、日本人には義務と忍耐の尊さについて知らしめた」と書き、小野田さんが1974年3月に当時のフィリピンのマルコス大統領に、投降の印として軍刀を手渡した時の光景を、「多くの者にとっては格式のある、古いサムライのようだった」と賞賛しました。 また、ワシントン・ポスト紙も、多くの軍人は「処刑への恐怖」から潜伏生活を続けたが、小野田は任務に忠実であり続けたがゆえに「多くの人々の心を揺さぶった」と論評しました。 帰還後、大きく変貌した日本社会に馴染めなかった小野田さんは、帰国の半年後に次兄のいるブラジルに妻の町枝さんと共に移住して小野田牧場を開設し、84年にはルバング島のジャングルで習得したサバイバルやキャンピング技術を日本の子どもたちに伝えるために小野田自然塾を立ち上げました。 小野田さんが91年の生涯を通して見せた忍耐力、精神力、忠誠心といった特質は、現代の日本人が今一度見直し、培うべき「美しいサムライ精神」ではないだろうか。難しい状況にあっても簡単にあきらめない忍耐力、周りの人間に影響されず自分の生き方を貫き通す精神力、自分が生まれ育った国への誇りや配偶者・友への愛情を生きている限り抱き続ける忠誠心。戦争が終わり、平和な世の中になり、わたしたちを取り巻く環境は良い方向へと大きく変化しましたが、それでも日本人として決して失ってはならないものがある。一人でも多くの人々が小野田寛郎さんの生涯と死の意味を感じ取るなら、今後も美しい日本の魂がこの地球上で見られるかもしれない。そんな“ラストサムライ”のミサが日系団体によって執り行なわれます。みなさん、この機会にラストサムライの生き様に想いをはせ、自分の生き方を見つめ直してみるのはいかがでしょうか。 日程:3月12日(水)午前11時より 場所:サンゴンサーロ教会(1976年に小野田さんと町枝さんとの挙式が行なわれた教会) 共催:文協(ブラジル日本文化福祉協会) 協援(サンパウロ日伯援護協会) 県連(ブラジル日本都道府県人会連合会) 和歌山県人会(小野田さんは和歌山県出身) 日本会議 南米通信社 サンパウロ新聞 ニッケイ新聞

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白寿者表彰 – 2014年式典表彰者への案内

毎年恒例となっているように、今年度も文協は99歳の人たちを記念する、伝統となった「白寿者表彰」の準備を行なっています。文協は国内すべての日系団体に手紙を送付いたしますが、わたしたちの先駆者たち(1915年以前出生)が2014年の表彰式に参加できるよう、ご家族やご友人の方々が皆様の地方団体に、もしくは直接文協に、表彰者になり得る方の情報を知らせてくださるようお願いしたいと思います。 白寿表彰は2014年に106年を迎えるブラジル日本移民誕生を記念するために行なわれるイベントの一つであり、勇気ある先駆者たちやそのご家族にとって深い意味を持つ式典、わたしたちの愛するかけがえのない人たちがふさわしい敬意を表されるべく舞台に上がる感動的な瞬間となっています。 このイベントにおけるブラジル日系社会の任務は、一般社会からの承認と賞賛の下、表彰者への賞状と記念品の授与を行なうことです。多大の苦労と努力のうちに異国ブラジルで生き抜き、家族や仲間と助け合って繁栄を築き上げてきたわたしたちの偉大な先駆者たちに大きな喜びと満足をもたらす行為です。 1915年以前生まれ(満99歳、もしくはそれ以上)の人々がこの大切な式典に参加できるように、みなさんに該当者に当たる方の情報を提供してくださるようお願いいたします。 下の用紙を正しく記入し、3×4の写真1枚とRG 、RNE、パスポートなどの証明書類のコピーとともに 5月23日までに文協へお送りください。 – baixe o formulário用紙をダウンロードする 書類の送り先: Sociedade Brasileira de Cultura Japonesa e de Assistência Social – Bunkyo Rua São Joaquim, 381 – Liberdade – CEP 01508-900 – São Paulo – SP 問い合わせ: (11) 3208-1755, com Michele Eメール: contato@bunkyo.org.br 2014年6月22日(日)午前9時より、文協記念大講堂にて99歳の方々への表彰式を行ないます。表彰者本人の式への参加が難しい場合は、代理人の方の出席をお願い申し上げます。

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三輪昭大使の歓送会のご案内

この度、日本国特命全権三輪昭大使は当国ブラジルでの勤務を終えられご栄転のため日本に帰国されることになりました。 三輪大使と直接面識があるわけではない方々のために、三輪昭大使とその任務について少しご紹介させていただきます。 三輪大使は大阪府出身で、1974年に外交官試験に合格し、翌1975年に京都大学を卒業後、外務省に入られました。 2006年から2008年まで外務省中南米局長として、2008年から2010年まで在ポルトガル日本大使として、そして2010年8月から現在にいたるまで在ブラジル日本大使として勤務してこられました。 しかし、みなさんは三輪氏の現在の役職“特命全権大使”とはどのようなものかご存知でしょうか。特命全権大使とは外交使節団の長で最上級の階級です。接受国の元首に対して派遣され、外交交渉、全権代表として条約の調印・署名、滞在する自国民の保護などの任務を行ないます。国際連合などの国際機関の政府代表部に対しても派遣されます。 特命全権大使は特別職の国家公務員かつ外務公務員(=外交官)であり、その任免は、外務大臣の申出により内閣が行ない、天皇がこれを認証するのです。 この特命全権大使がどれほど重要で大切なポストか、またそんな重職を三輪大使がどれほど立派に果たしてこられたかが少しはお分かりいただけたのではないでしょうか。三輪大使は長年にわたり国外において日本政府と日本国民のために忠実、かつ尽力的に働いてこられたのです。 そんな三輪昭大使の働きに対する感謝を表すとともに、今後の更なる御活躍を祈念して、日系団体共催により、ささやかではありますが歓送会を開催いたします。 どなたでもご参加いただけます。この機会に三輪昭大使や日本の外交に接してみるのはいかがでしょうか。 日時 : 2014年2月24日(月)午後7時30分 (開始30分前に受付へお越し下さい) 場所 : ブラジル日本文化福祉協会(文協)・貴賓室 Rua São Joaquim, 381 – 2º andar – Liberdade – SP (地下鉄サンジョアキン駅より徒歩5分。駐車場あり Rua Galvão Bueno 540) 会費 : 70レアル 出席ご希望の方は、2月19日(水)までに氏名と役職を文協事務局 (担当: ヘジーナ/ミシェリ)までご連絡下さい。 連絡先 電話(11)3208-1755 E-mail: evento@bunkyo.org.br

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一般財団法人日伯協会からのお知らせ◇企画展「多文化共生をめざす日本のブラジルタウン」7月1日~10月1日まで

一般財団法人 日伯協会からのお知らせ 兵庫県神戸市にある一般財団法人日伯協会より、「ブラジル日本移民115周年記念・多文化共生をめざす 日本のブラジルタウン」をテーマとした、移住ミユージアム2023年度前期企画展開催のお知らせが届きました。 【多文化共生をめざす日本のブラジルタウン】 日 時:2023年7月1日(土)~10月1日(日)     午前10時~午後17時(最終入場は16時)     ※毎週月曜日は休館(月曜日が祝日の場合は翌日が休館) 場 所:海外移住と文化の交流センター・1階特別展示場      神戸市中央区山本通3丁目19-8 入場料:無料 『多文化共生をめざす日本のブラジルタウン』 1990年に改正入管法が発効されて以来、 多くのブラジル人が日本に仕事を求めてやってきました。 そのほとんどは製造業に従事し、工場がある地域にはブラジル人が集住するようになります。 そして、 ブラジル料理店やブラジルの食材を扱うスーパーなどができ、 サンバなどのイベントが行われることでブラジルの文化が定着し始め、 「ブラジルタウン」と呼ばれる地域が各地に誕生しました。この企画展では、ブラジルタウン4市町 (群馬県邑楽郡大泉町、 静岡県浜松市、 愛知県豊田市、 島根県出雲市)で行われている多文化共生をめざす取り組みを紹介します。 お問合せ:一般財団法人 日伯協会 TEL +81 78-230-2891 主催:・一般財団法人 日伯協会・神戸市 後援:・駐日ブラジル大使館・独立行政法人国際協力機構(JICA)

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入選作品決定! 第15回文協総合美術展 

第2次審査を通過し、入選が確定した作品が発表されました。(これまでの経過≫≫≫第15回文協総合美術展 第一次審査通過作品発表!) 【美術部門】 美術部門では、第2次審査を通過した262 人のアーティストによる 439 作品の中から、123名のアーティストによる191作品が入選しました。美術部門入選者リスト なお、受賞者は以下の3名です。おめでとうございます! ・Élcio Miazaki・Márcio Périgo・Marisa Nunes ☆入選したアーティストは、カタログおよび出版物に掲載されるアーティスト名をEメールにてお送りください: 15gebunkyo@gmail.com 【工芸部門】 工芸部門では、第2次審査を通過した113 人のアーティストによる 258 作品の中から、97名のアーティストによる177作品が入選しました。工芸部門入賞者リスト なお、受賞者は以下の3名です。おめでとうございます! ・Cristina Esperante Myrrha・Igor Hideki Hatanda ・Kimie Ino ☆入選したアーティストは、カタログおよび出版物に掲載されるアーティスト名をEメールにてお送りください: 15gebunkyo@gmail.com 提出作品の返却について 第2次選考で惜しくも選考に漏れた作品の返却について 日時:2023年7月27日および28日の10:00~17:00 場所:文協事務局 入選した作品の返却について第15回文協総合美術展開催後の返却となります日時:2023年10月22日 17:30~20:00   もしくは、2023年10月23日と24日の10:00~17:00場所:文協事務局 ※上記指定日時から30日が経過しても作品の返却受取がない場合、主催者は一切の責任を負わず、適切な方法で処分されることを予めご了承ください 第15回文協総合美術展   日 時:2023年10月7~22日      ※7日は開会式   場 所:文協ビル お問合せ:文協事務局 (11)3208-1755 担当-アウローラ

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訃報:網野 勢子 さん

長年にわたり、文協の社会福祉委員会で活躍した網野 勢子さんが、7月9日(日)にお亡くなりになられました。84歳でした。 お通夜は以下の通りです。 日 時:7月10日(月)12時30分 から18時30分まで場 所:Memorial Parque Paulista, à Rua Suécia, 56 – Embu das Artes (SP) 自身の生涯を福祉に捧げた網野勢子氏 ご主人(既に他界)との間に5人のご子息 ( セリオ、マルシア、ニュートン、デニス、ロジェリオ ) と8 人のお孫様に恵まれまた勢子氏は、看護師、衛生学士、老年学者として、体得した知識を生涯にわたり惜しみなく分け与えた女性でした。 勢子氏は、まず看護師としての仕事に従事、その後サンパウロ市庁舎で看護師およびソーシャルワーカーとしてキャリアを積み上げました。 文協と網野勢子氏 文協においては長い間「社会福祉委員会」に携わり、皆からポルトガル語で、より敬意を表す敬称である「Dona ( ドナ ) 」を付けた「Dona Seiko ( ドナ・セイコ ) 」と呼ばれ、親しまれていました。 2007年から「高齢者介護基礎講座」のコーディネーターとして活躍していたドナ・セイコは、ここ文協においても同講座を開講、近年は「介護者のケア」プログラムも立ち上げ、文協の主要な活動の一つとして根付かせました。 またそれだけでなく、2020年10月からは、国家福祉政策に基づく高齢者のためのサービス「高齢者生活センター(NCI)」を文協の一画に開所するために尽力し、大きな反響を呼びました。 ちなみにこのサービスは、JICAが同年に実施した「移住者の団体に対する助成金交付事業」により実現されたものです。 ドナ・セイコは、2021年からは同委員会の委員長に、また2023年4月からは文協の社会福祉担当理事に抜擢されたばかりでした。 その益々の活躍を誰もが期待した中、見事に2023年6月19日、文協がサンパウロ市役所セ地域事務所の監督下にある社会福祉事務局と、「高齢者生活センター(NCI)」の運営に関する5年間の契約を2023年6月19日に締結するに至る大きな立役者の役割を果たしました。 また、同サービス内で実施されている脳の活性化を目的としたプログラム「ISGAME」においては、サンパウロ市の高齢者大評議会からの認証を受け、民間企業からの資金調達を行うことができるようにもなりました。 なお、この「高齢者生活センター(NCI)」には現在、上限まで登録された120名の高齢者が毎日来所しており、161名が空き待ちリストに登録されています。 また、2022年にはシニア・ダンス・プログラムが開始され、毎回1クラスあたり40~60人の高齢者が参加するほど、好評を博しています。 このように、ドナ・セイコは、文協において最も重要な分野の一つである社会福祉部門を大きく発展させた人物として認識され、その名は文協の歴史の1ページに永遠に刻まれるでしょう。 ドナ・セイコ、長い間本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。 心より、ご冥福をお祈りいたします。

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Falecimento de Toru Iwasaki – missa de sétimo dia

Faleceu, no último dia 6 de junho, Toru Iwasaki, 72 anos de idade, presidente da Fazenda Tozan, localizada em Campinas. Foi emitido o comunicado sobre o velório às 9h e sepultamento às 14h do dia 8 de junho em Campinas (SP), no Cemitério Parque Flamboyant – Alameda dos Flamboyants S/N

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石川レナト会長再々選、3期目(2023~2025)続投決定!

写真:開会の挨拶を述べる石川レナト会長 去る4月29日、定款第24、25及び30条の規定により第162回定期評議員会が開催され、53名の評議員(内委任状11名)が出席する中、2022年度の理事会事業報告書、会計報告書、監査役会意見書の審議及び承認、並びに以下の選挙が行われました。・評議員会会長、第1、第2、第3副会長、第1、第2、第3幹事・理事会会長、第1、第2、第3、第4、第5、第6、第7副会長、専任理事、会計専任理事・監査役(正監査役3名、補充監査役3名) 理事会選挙においては、石川レナト現会長が再々選され、第3期目(2023-2025年)続投が決定しました。 写真:元文協副会長の故秀島マルセロ氏に1分間の黙とうを捧げる委員たち まず、本年2月に53歳の若さで急逝した、若者の中心的存在として将来を有望視されていた元副会長の故秀島マルセロ氏に対し、1分間の黙とうが捧げられました。 評議員会会長および理事会会長による開会の挨拶 続いて開会の挨拶に立った評議員会の山下譲二会長は、まず、出席に対する感謝の意を表した後、「パンデミックや、ロシアとウクライナの戦争など世界のさまざまな危機が世界中に影響を与えているが、ここブラジル日系社会もその例に漏れることなく、ほとんどの日系団体に重大な問題をもたらしている。」と語りました。そして「それにもかかわらず、文協はその活動を麻痺させず、石川レナト会長を中心とする執行部の一体化により、全てのイベントを開催し、その役割をしっかりと遂行し続けています。」と労をねぎらいました。 続いて挨拶に立った石川レナト会長は挨拶の中で、「2021年に約65万レアルの赤字決算だった文協が、2022年には約50万レアルの黒字転換という、前代未聞の決算をたたき出しました。」と報告しながら、集まった評議員および全ての会員の尽力に対し感謝の言葉を述べました。 2022年度の理事会事業報告書、会計報告書、監査役会意見書の審議及び承認 続いて、照屋ウーゴ専任理事が4つの統括委員会からなる各委員会の2022年の活動報告を、大塚ウィルソン第一会計理事が財務部分の詳細な説明を、清原ケンジ監査役が監査役会意見書を読み上げ、拍手を持って承認されました。 文協役員選挙 写真:右-石川レナト会長 , 左-木多喜八郎選挙管理委員会委員長 15分の休憩を挟んだ後、議題は文協役員改正選挙に移りました。 選挙管理委員会の木多喜八郎委員長により、今回の選挙に出馬したのは石川現会長の1シャッパのみであったことが報告され、拍手を持って承認されました。 石川レナト会長による所信表明 これを持って三期目の会長に就任した石川会長は所信表明で、「昨年度、経済の部分において黒字決算となった事はもちろん喜ばしいことではあるが、それ以上に誇れることは、パンデミック後の非常に困難な時期に、理事会、沢山のボランティア、そして青年たちによる主体的な協力が見事に一つとなったことです。」と述べました。そして、特に昨年開催し、あらゆる面で前回を上回る驚異的な結果を残した「第25回文協桜まつり」を例に挙げ、「2022年の『黒字決済』の本質は、『人材』の面での『黒字』であったと考えています。」と話し、「このような素晴らしい仲間が集まり、共に仕事をすることが出来ることは、この上なく幸せなこと。」と振り返りながら、「新しい理事会においても、1にも仕事、2にも仕事、とにかく仕事!」と意気込みを見せました。 「『Juntos(共に)』それが我々を更に強くする」 写真: 新理事会メンバー / マイクで話しているのは石川会長同様続投となった山下譲二評議員会会長    (写真提供-ASldo Shiguti) 石川会長は「私は『Juntos(共に)』という言葉を大変気に入っており、今回のシャッパ名にもそれを採用しました。」と話しました。そしてこの「Juntos(共に)」という言葉をここまで意識する要因となったのは、2014年に、故安倍晋三元首相がブラジルを訪問した際のスピーチ「Juntos!! 日本・中南米協力に限りない深化を-対中南米外交・三つの指導理念」だと説明しました。そして「今回、故安倍元首相がブラジル日系社会に残して下さった『Juntos(共に)』という言葉に『それが我々を更に強くする』という一文を付け加えました。」と話し「そしてこれは単なる『美しい言葉』として飾り、眺めるために名付けたのではありません。あくまで、実践するためです。」と力を込めました。 そして引き続き、青年が主人意識を持って活躍する場を提供すること、また文協の地方理事らを通してブラジル全土の約440在る日系団体との交流強化に向けて尽力すると述べました。なお、ブラジル全土の日系団体に対しては、「この約440団体の中には、非常に多くの困難を抱えている団体があることは承知しています。」と話しました。そして「新理事会において、例えば3つ、4つ、非常に困難な状況にある団体を取り上げ、支援することを提案したいと考えています。このような団体を支援するのも文協の大切な役割です。ただ、金銭的な援助はではありません。理事会の中には様々な分野において専門知識を有するプロフェッショナルが大勢います。その知識を提供することで必ず何らかの貢献ができると考えています。他の団体も真似ることのできる、成功のモデルケースを作るためです。」と話しました。そして、理事会のプロフェッショナルなメンバーの一例として、フォード・モーターなど大企業で経験を積み、今回、広報委員会の委員長に新しく就任した蔵力(ゾウリキ) クリスチーナ氏を紹介しました。 続いて、文協が運営する3つの「館」- この類の史料館の中では世界最高峰と言われるまでになった「ブラジル日本移民史料館」、栗田運営委員長によって活力を得た「日本館」、つい最近まで採算が取れず文協のお荷物と揶揄されていた「文協国士舘公園」が「運営成功のモデルケース」となったことについても言及しました。ただ、文協国士舘公園内に現在建設中である原沢和夫パビリオンについては、パンデミックと資金不足により、予定より完成が遅れていることを謝罪しました。しかし、「財政上の優遇措置法(ProAc)により、工事を終えることができるようにしたい。」と今後の対策についても言及しました。 また、文協ビル正面の近代化も、新理事会の成すべきうちの一つであると付け加えました。「文協の管財委員会の山村シルビオ委員長の尽力により、建物の改修に使用できる資金を市役所から得ることができました。」と報告しました。 最後に「私たちがやっていることは一過性のものばかり」であることを認め、「未来に何かを残す、レガシーを残す、という、文協は大きな目標を持たなければならない。」と述べました。そして「例えば、文協の2030年をデザインしましょう。これからどんな姿になるのか?どうすれば自立できるようになるのか?2030年に向けての野望を持つ必要があります。私はそれが、本当に重要だと考えます。それは私たちがレガシーと呼んでいるものであり、日々の仕事を超えた私たちの偉大な仕事だと言えます。そのために、会長補佐が参加するグループを組織し、彼らが理事会と評議会に対してこの意味での提案を準備できるようにし、我々は評議員との透明で対話的な方法でこれを公式化するつもりです。」と述べました。 記事協力:Jornal Nippon Ján シグチ・アルド編集長

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運営時間変更のお知らせ:ブラジル日本移民史料館 午前10時から入館頂けます!

平素よりご愛顧賜り誠にありがとうございます。 2023年2月1日より、火~金曜日におけるブラジル日本移民史料館の運営時間が変更になりました。 以前は、午後からのオープンでしたが、2月1日より午前10時から入館頂けるようになりました。ぜひ、ご利用ください! 【住所】Rua São Joaquim 381 Liberdade São Paulo-SP・文協ビル7・8・9階 – 常設展示場・文協ビル3階 –史料館事務所 , 史料館図書館 【運営日時】・常設展示場(7・8・9階) : 火~日 10~17h ※ 最終入場時間:16h (月曜日休館)・3階事務所および史料館図書館* :月~金  9~17h / 土   13~17h    *史料館図書館をご利用の際は事前申込が必要です。閲覧希望日時を記載しmuseu@bunkyo.org.brに送付してください。なお書籍及び史料の閲覧は閲覧室のみ可。   同じく資料調査室利用希望の場合も、事前に研究プラン等を記載し、メールにてお申し込みください。 【入館料】・大人 :16レアル・学生(学生証提示のこと):8レアル・5〜11歳の子供:8レアル・60歳以上:8レアル※水曜日は無料 【案内付見学】・料金:150レアル ※入場料は含みません (要予約/1グループ40名まで/所要時間約60分/火~金)  お問い合わせ:     TEL:(11) 3209-5465     メール: museu@bunkyo.org.brブラジル日本移民史料館公式サイト:ブラジル日本移民史料館

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祝!令和5年春の叙勲受章🏅呉屋春美前文協会長も!

ブラジル在住の令和5年春の叙勲者が発表されました。文協の呉屋 新城 春美 前会長も、ご受章されています。おめでとうございます! 在サンパウロ日本国総領事館 推薦叙勲受章者 (敬称略) 日下野 良武(79歳)旭日双光章 サンパウロ市在住 / 国籍:日本 (主要経歴)元 ブラジル日本語センター理事長(現名誉理事長)現 ブラジル熊本県文化交流協会理事長(主な功績)ブラジル日本語センター理事長、副理事長、顧問、名誉理事長を通じ、長年ブラジルにおける日本語普及活動に取り組むとともに、講演会や有識者等への働きかけを通じ、海外日本語教育の充実にも尽力した。また、邦字紙「サンパウロ新聞」東京支社開設と同時に支社長に就任し、その後同新聞社本社常務取締役及び専務取締役を務め、ブラジルにおいて日伯情報を日本語で提供した。さらにジャーナリストとして日伯両国の情報発信と文化交流を促進し、熊本県文化交流協会理事長を務めるほか、地元有力紙へ約40年間にわたる記事の送稿を通じ、ブラジルと熊本の交流にも貢献した。 呉屋 新城 春美(70歳)旭日小綬章 バルエリ在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元ブラジル日本文化福祉協会会長、元 ABJICA 会長、ブラジルいけ花協会副会長(主な功績)呉屋氏は、平成27年から平成30年の4年間、ブラジル日本文化福祉協会会長として、様々な事業を推進し、日伯両国間の親善交流に大いに貢献した。同協会創立60年にして初の女性会長であり、ブラジル日系社会の女性リーダーとしても中心的役割を担った。平成30年には、ブラジル日本移民110周年記念式典の式典委員長として、日伯両国を代表する多くの要人の参加を呼びかける等尽力し、式典を成功へ導いた。また、JICA帰国研修員同窓会(ABJICA)でも初の女性会長として、在サンパウロ日本国総領事館やサンパウロ州と協力し、様々なセミナーやシンポジウムを開催し、技術協力事業及び学術面における日伯間の交流促進に寄与した。現在は、ブラジルいけ花協会の副会長として、サンパウロを中心としたブラジル各地で、生け花体験教室や展示会などを開催し、日本の伝統文化の普及、日伯間の文化的交流・強化に貢献している。 ルイス・フェルナンド・フルラン(76歳)旭日重光章 バルエリ市在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元 開発商工大臣現 ジャパン・ハウス サンパウロ(JHSP) 運営委員会メンバー現 日伯戦略的経済パートナーシップ賢人会議 伯側メンバー(主な功績)開発商工大臣としてブラジル産バイオエタノールの日本への供給や、日本方式を基礎とするデジタルテレビ方式のブラジルへの導入に貢献し、日伯間の貿易促進及び技術提携に大きく寄与した。また、ジャパン・ハウス サンパウロの有識者アドバイザー及び運営委員として、同事業の立ち上げから開館、さらにその後の安定的な運営に貢献した。さらに、日本をよく知る有識者として、日伯戦略的経済パートナーシップ賢人会議の伯側委員を務め、自身の40年以上にわたる食品業界での経験や企業経営者としての視点を活かし、日伯間の経済パートナーシップの強化に向けて尽力している。 安永 ルイス(86歳)旭日単光章 プロミッソン市在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元プロミッソン日伯文化体育協会会長(主な功績)安永氏は、プロミッソン日伯文化体育協会会長として、長年、文化・スポーツ活動を通じて、日系社会の活性化、日本文化の普及、ブラジル社会との融和に取組み、日伯間の友好促進に大きく貢献した。同協会が主催する運動会は、昭和24年から70年間にわたり継続して行われ、現在は地域住民約2千人が参加する同市における一大イベントとなっている。同運動会の開催は、日系社会のブラジル社会への融和を象徴しており、同地域の日系社会の更なる活性化に繋がるものである。また、平成2年から令和2年まで、約30年間にわたり、プロミッソン日伯学校においてボランティア日本語教師として勤務し、日本語教育だけでなく、日本の習慣や価値観、日本文化の継承に尽力した。同学校には、子供から大人まで、日系人・非日系人を問わず通っており、日系社会を担う次世代の育成に大きく寄与するとともに、同地域の日本語教育の拠点として重要な役割を担っている。その他にも、平成10年から平成30年の20年間にわたり、プロミッソン市を含むノロエステ地方を対象とした、ノロエステ日本語普及会に所属し、林間学校や日本語学習発表会など様々なイベントを開催し、同地域の日本語・文化普及に大きく貢献した。 在クリチバ日本国総領事館 推薦叙勲受章者 (敬称略) フェルナンド・エイゾウ・オノ(74歳)旭日重光章 クリチバ市在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元労働高等裁判所判事(主な功績)ブラジル日系人として初めて最高裁判所にあたる労働高等裁判所の判事に就任し、約10年間にわたる同裁判所判事としての活動等を通じて、パラナ州及びブラジルにおける日系人の地位向上や対日イメージの向上に大きく貢献した。また、日本国最高裁判所判事がブラジルを訪問した際には、ブラジル労働高等裁判所との協議をアレンジし、労働法制や労働問題等にかかる両国の相互理解に尽力した他、日本からの要人来訪時にはブラジル日系社会を代表して応対する等、様々な形で両国の関係発展に貢献した。 タダアキ・ヒロセ(77歳)旭日中綬章 クリチバ市在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元第四管区連邦地域裁判所長官(主な功績)ブラジル第二の日系社会を有するパラナ州において、日系人として初めて連邦判事に就任。ブラジル南部3州を統括する第四管区連邦地域裁判所では、管理官や長官等の要職を務め、この間、訴訟手続きの電子化等を通じた司法改革を推進する等、ブラジル司法界に功績を残し、日系人の地位向上や対日イメージの向上に大きく貢献した。更に、外務省招聘プログラムで訪日した後、司法分野における両国の相互理解の促進に尽力し、在クリチバ日本国総領事館に法的助言等を行い、その活動を支援するところもあった。 在リオデジャネイロ日本国総領事館 推薦叙勲受章者 (敬称略) 浜田

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