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第3代会長 宮坂国人 1965年3月~1971年3月

1889年7月15日、長野県で生まれる。1913年~1919年までペルーに在住し、邦字新聞”アンデス時報”を発行。これがラテンアメリカ最初の邦字新聞と言われています。 1927年、政府の指導に従い、地方に “海外移民組合連合”を設立し、1931年には、会長・理事長に平生釟三郎、専務理事に宮坂国人が抜擢され、有限会社ブラジル拓殖組合(ブラ拓)を設立しました。 1932年、この現地機関の専務理事として来伯しました。まず手掛けたのは、チエテ(現ペレイラ・バレット)、バストス、アリアンサ、トレス、バラス(現アサイ)4移住地の経営で、4移住地の総面積約8万ヘクタールに諸施設を建設し、営農指導を行って移住者を定着させることを目的としました。 1937年、日南産業株式会社を設立し、会長に平生釟三郎、専務取締役に宮坂国人が就任。ブラ拓の専務理事を兼務して移住事業と関連事業を推進し、やがて南米銀行の前身“ブラ拓銀行部”が発足、1940年、南米銀行が設立されました。 1955年、山本喜誉司と共に、2人の署名を持って組織設立を公表し、文恊設立を推進しました。文恊設立時には、評議委員会会長として多忙な日々を送りました。 1965年、第3代文恊会長に任命された後、日系社会の文化活動を行うために、“100万コント基金を設定、大講堂の建設、日語普及とモデル校の創立”と言う宮坂構想を提唱しました。 1970年9月、大講堂の落成式が会長の手によって行われました。 1972年、公職から身を引き、日本へ帰国しましたが、再び終焉の地ブラジルで、1977年、永眠しました。 理事会 会長: 宮坂 国人 (1965-1970) 第1副会長: 井上 忠志  (1965-1966); 延満 三五郎 (1967-1970) 第2副会長: 延満 三五郎 (1965-1966);宮本 邦弘(1967-1968); 竹中 正(1969-1970) 第3副会長: 平田 進 (1965-1966); 井上 忠志 (1967-1968); 宮本 邦弘(1969-1970) 第4副会長: 井上 忠志 (1969-1970) 第5副会長: 内山 良文(1969-1970) 専任理事: 竹中 正 (1965-1968); 今野 功 (1969-1970) 第1常任理事: 斉藤 広志 (1965-1966); 九十九 利雄

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第2代会長 中尾熊喜 1963年8月~1965年2月

1900年1月24日に熊本県  生まれ。1914年  14歳で、坂上重次の形式家族として渡伯しました。1927年  下元憲吉らと共にコチア産業組合を創立し、初代専務理事を務めました。 その後、農場から商工業への転換を図り“カナカオ化学工業株式会社”を設立しました。傑出していたのは、この会社が日本人移民による最初の株式会社だったとこと、従業員への無償の愛で知られていたことです。それは、従業員子弟への学費や従業員への奨学金、学生のみならず従業員のための学校建設など、興味深いものでした。 1952年、ブラジルン日系人学生センターの創立資金を寄付しました。1955年サンパウロ日本文化協会創立準備委員会の委員15人の一員となり、山本喜誉司会長の指示で副会長に就任、1963年  会長の死去を受けて、第2代会長に選ばれました。 彼の任期中に日本文化センター(文恊ビル)の第1期工事が完了しました。会長を退いた後は、評議委員会会長を務め、1975年  死去するまで多忙な日々を送りました。

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初代会長 山本喜誉司 1955年12月~1963年7月

1892年9月17日しました。三菱グループの創始者である岩崎家族の指示を受けて、1927年カンピーナスに農場を購入しました。 農場経営に専念した結果、コーヒーの木を害虫被害から守るための天敵ウガンダ蜂の導入で成功を収め、この研究論文で、東京大学から博士号を授与されました。その後、東山事業の総支配人に昇任しました。 第二次世界大戦では、東山事業は、連邦政府の介入を受けました。敵国人資産凍結(1959年10月にも発生)の解除運動では、陣頭に立ち、1947年を網羅した “懇談会”を結成し政局打開に努めました。 また日本の敗戦による日系社会の混乱の収拾のため、日系有力者の間で展開された“時局認識運動”にも参加、この運動がやがて母国に対する戦災救済会の結成に繋がりました。 1952年の日本館を建設するなど、全力を傾注しました。その後、ブラジル日本移民50年祭(1958年)に向けて発展的解散をし、サンパウロ日本文化協会創立準備委員会として活動し、1955年(1968年 ブラジル日本文化協会に改称) その初代役員の面々は、会長に山本喜誉司、副会長に中尾熊喜、須貝アメリコ、評議委員会会長に宮坂国人でした。1960年代には本拠地を建設するための60のPR活動を始め、1963年7月31日に、日本文化センター(協会ビル)第1期工事の完了を目前に肺がんのため亡くなりました。 理事会 会長: 山本 喜誉司 (1955-1963/6) 第1副会長: 中尾 熊喜 (1955-1963/6) 第2副会長: 須貝 アメリコ (1955-1958); 中沢 源一郎(1959- 1963/6) 第3副会長: 井上 忠志  (1959-1962) 専任理事: 平田 進 (1959-1960); 竹中 正 (1961-1963/6) 第1常任理事: 井上 忠志  (1955-1958); 竹中 正  (1959-1960); 平田 進 (1961-1962); 延満 三五郎 (1963/1-1963/6) 第2常任理事: 平田 進  (1955-1958 e 1963/1-1963/6); 須貝 アメリコ (1959-1962) 第3常任理事:竹中 正  (1955-1958);

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文協とともに日系社会の未来を切り開きましょう

当会(ブラジル日本文化福祉協会)は、2015年に創立60周年を迎えました。この半世紀において、文協は日本文化の保存及び普及に努めることはもちろん、日本及びブラジル政府、民間団体等への対外的活動の際は日系社会の代表としての立場を持って対してきました。このように一大決心でブラジルへ渡った日本移民一世たちが立ち上げた当協会が、今日まで存続できたのは、ひとえに、ブラジル日系社会の今と将来を真剣に考え、ブラジルにおける日本文化継承のために御献身くださった皆様のおかげです。 さて、本部を置く文協ビルには日本移民史料館を維持しており、日本移民110年における数々の史料を展示しています。また文協図書館は、皆様のために約6万冊の蔵書を備えています。また文協ビル講堂、会議室及び展示室では、数百人のボランティアの協力を得て日系社会のみならずブラジル社会全体に対しての文化及び社会活動を展開しています。サンパウロ市のイビラプエラ公園にある日本館は、一般の来園者が快適な環境で気軽に日本文化に接することができるよう配慮しています。サンロケ市の国士舘大学スポーツセンターでは、マレットゴルフ、ウォーキングなどのスポーツ活動が可能ですが、将来は福祉活動や環境保存の教育施設としての役割も持たせたいと考えています。 文協がこのように日本文化の継承・普及、及びブラジル日系社会繁栄のために様々な試みと必死の努力をするのは、そうするだけの価値があると確信しているからです。大切なものは“守る”必要があります。物は保存しなければ腐敗していくのが、この自然界の物理法則です。家は掃除や管理をしなければどんどん汚れていき、いずれ住めない状態になってしまいます。子供は親の世話や教育を通してふさわしい指針や人生の方向付けが与えられなければ、道を踏み外し、いずれ本人のみならず家族や周りの人にも不幸をもたらす大人になってしまうでしょう。日系社会や日本文化に関しても同様のことが言えます。誰かが世話をしなければ、誰かが管理しなければ、誰かが大切に守らなければ、時とともに腐敗し、いずれは消えてなくなり、全く過去のものとなってしまうでしょう。それは非常に悲しいことであり寂しいことです。ゆえに、文協はそれらのものを守りたいと切実に願っております。また、その信念に基づいて行動するなら実際に守ることができると確信しています。 文協は同じ願いと理念をもって日系社会・日本文化の意義ある存続に貢献したいという方々の入会を随時受け付けています。(詳しくは当協会サイトの定款第二章) 入会ご希望の場合、申込用紙を下記よりダウンロードし、ご記入の上、e-mail atendimento@bunkyo.org.br までご送付ください。 Pessoa Física (個人) Pessoa Jurídica (法人) Tabela de Contribuição Social Associativa 2019 (2019年度協会社会負担額) ブラジル日本文化福祉協会 Rua São Joaquim, 381 – Liberdade 01508-900 – São Paulo-SP – Brasil Tel: (11) 3208-1755 Fax: (11) 3208-5519 Email: atendimento@bunkyo.org.br

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定款

この定款は、2006年11月18日文協小講堂にて原田清議長、山下譲二書記、二宮正人翻訳担当補佐によって開催された臨時総会で議論され改訂されました。 同会で大原毅定款改定委員長の改定案が決議に入り、2/3以上の賛成票により新定款が議決されました。 (2006年11月18日臨時総会で改訂され、2007年1月19日第1登記所に登記された) 定款は下記のリンクからご覧下さい 定款 (ポルトガル語) 定款 (日本語)

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理念と目的

文協の理念 ブラジル日系社会の中心的機関として、ブラジル社会において日本文化の継承と普及を促進すると共に、日本においてはブラジル文化の紹介と普及に務め、その目的遂行のための活動を率先して、奨励し、支援する。 文協の目的 – 慈善及び社会福祉事業を推進する、 – ブラジルにおいて日本文化各面の保存及び普及を行い、ブラジル文化の向上に寄与する、 – 家族、児童、青少年及び高齢者の保護を目指す活動を推進、奨励及び支援する、 – ブラジルにおける日本移民及び子孫の歴史、文化及び貢献の保存並びに価値認識に努める、 – 環境保護を目的とする活動を推進、奨励及び支援する、 – 国内及び外国特に日本においてブラジル文化の普及を行い、ブラジルと日本の親善関係の強化を目的として、両国間の社会的文化的交流を推進する、 – 各種スポーツ活動を奨励し、支援する、 – 一般の利益に係わる社会・経済・政治上の各問題について調査及び討論を促進し、その解決策の案出に努める、 – 倫理、市民権及び社会正義の促進を目的とする活動を実施し、支援する、 – 同類諸団体間の交流並びにそれら団体と文協の交流を促し、奨励する、 – 全般的文化活動を推進し、奨励する。

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ブラジル日本文化福祉協会 – 文協 (概要)

祖国を遠く離れ、異国に移り住んだ初期日本移民にとって、相互扶助を目的とした日本人会は非常に重要な組織でした。経済活動や子弟教育、会員同士の親睦のほか、医療・衛生問題への対処、行政との関係・日本との連絡調整など、日々の生活や日系人が集う特別な行事を支えるものでした。 第2次世界大戦のため団体活動が禁じられ、外国人が組織したものは解散されました。しかし、終戦後には、各地域で日系団体が結成され、1954年のサンパウロ市の市制400周年祭典に参加するために「祭典協力委員会」が発足しましたが、これをきっかけに結社の機運が各地で高まったと言えます。 1955年、協力会の解散総会において、3年後のブラジル日本移民50周年祭に向けた組織委員会の設置が決まりました。 なお、協力会の組織と日系社会の結束精神を恒久に保つために同年12月17日に「サンパウロ日本文化協会」の名称で今の「文協」が創立されました。1968年に、活動範囲の拡大に伴い「ブラジル日本文化協会」に改名し、更に 2006年に事業拡大のために「ブラジル日本文化福祉協会」と改名して、現在に至ります。 サンパウロ市リベルダーデ区に本部を有する「文協」は、会員(個人・法人)からの会費や寄付、講堂、ホール、会議室などの使用料、各種事業収益を収入源として運営されています。 活動はすべてボランティア会員により営まれており、32の専門委員会が日本文化の普及、移民史料の保存・研究、各種交流を中心に、様々な年間事業や日本の伝統行事の実施、要人接待、文化施設(移民史料館、日本館、図書館、国士舘大学スポーツ・センター)の運営管理などにあたっています。 例えば、芸能委員会は国内最大のコロニア芸能祭を毎年開催し、日本伝統芸能の伝承・普及に努めています。コーラス委員会は定期コンサートなどの音楽イベントを実施。青年委員会はスポーツや講演会を通じて交流を深め、他団体の事業にも積極的に参加しています。 また、日本政府高官並びに民間団体代表などのブラジル訪問の際に率先して、他団体に呼びかけて共同で接待、歓迎会等を催します。 近年、事業の拡大並びに充実を図り、社会福祉委員会、文協ネット委員会、文協ビル近代化委員会、日系団体連絡委員会を新設しました。全国日系団体の統合を目指す日系団体連絡委員会は、2007年12月に全国21地域の代表者の参加を得て「第1回文協統合フォーラム」を開催しました。これは、日系団体の活性化につながるものと好評を博し、2008年、2009年に続いて2011年11月にはその第4回会議が行われました。また、2009年より「農業関連集会」を毎年10月に地方文化団体を中心に各市で開催しています。 こうした委員会活動のほかに、地方日系団体の代表者30名が地方理事として運営を助け、文協の基盤を全国に広めています。 2003年9月には文協が率先して5年後のブラジル日本移民100周年の記念事業を総括するためのブラジル日本移民100周年記念協会を組織し、その中心的役割を果たして来ました。特記すべきは、2008年6月に整った記念事業体制のもとに皇太子徳仁親王殿下をお迎えして盛大な祭典を催すことができたことです。 文協は、「ブラジル日系社会の中心的機関として、ブラジル社会において日本文化の継承と普及を促進すると共に、日本においてはブラジル文化の紹介と普及に務め、その目的を持った他団体の事業を奨励し支援する」という理念の下に充実と発展を目指します。 小年表 1954年 サンパウロ市創設400年祭の折に発足した「祭典協力委員会」が日本とブラジルで官民の協力を得て、サンパウロ市イビラプエラ公園に日本館を建設。翌年、日本人協力会の発展的解散という形でサンパウロ日本文化協会(現・ブラジル日本文化福祉協会=文協)が同年設立される。 1958年 三笠宮殿下ご夫妻をお迎えしブラジル日本移民50年祭開催、文協ビルの建設工事着工。 1967年 皇太子明仁親王殿下(今上天皇)と美智子妃殿下のご来伯を記念して、文協ビル内に大講堂建設を決定。1970年9月3日、「皇太子殿下ご来伯記念大講堂」が落成。 1978年 皇太子明仁親王(今上天皇)と美智子妃両殿下をお迎えしブラジル日本移民70周年祭典事業主催、ブラジル日本移民史料館落成。 1988年 皇太子明仁親王(今上天皇)と美智子妃両殿下をお迎えしブラジル日本移民70周年祭典事業主催、ブラジル日本移民史料館落成。 2008年 ブラジル日本移民100周年の記念事業が各地で開催される。皇太子徳仁親王殿下をお迎えしてブラジル日本移民100周年記念式典開催。皇太子徳仁親王殿下、文協ビルと日本館をご訪問, 移民史料館において天皇陛下よりの賜金を拝受する。  

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一般財団法人日伯協会からのお知らせ◇企画展「多文化共生をめざす日本のブラジルタウン」7月1日~10月1日まで

一般財団法人 日伯協会からのお知らせ 兵庫県神戸市にある一般財団法人日伯協会より、「ブラジル日本移民115周年記念・多文化共生をめざす 日本のブラジルタウン」をテーマとした、移住ミユージアム2023年度前期企画展開催のお知らせが届きました。 【多文化共生をめざす日本のブラジルタウン】 日 時:2023年7月1日(土)~10月1日(日)     午前10時~午後17時(最終入場は16時)     ※毎週月曜日は休館(月曜日が祝日の場合は翌日が休館) 場 所:海外移住と文化の交流センター・1階特別展示場      神戸市中央区山本通3丁目19-8 入場料:無料 『多文化共生をめざす日本のブラジルタウン』 1990年に改正入管法が発効されて以来、 多くのブラジル人が日本に仕事を求めてやってきました。 そのほとんどは製造業に従事し、工場がある地域にはブラジル人が集住するようになります。 そして、 ブラジル料理店やブラジルの食材を扱うスーパーなどができ、 サンバなどのイベントが行われることでブラジルの文化が定着し始め、 「ブラジルタウン」と呼ばれる地域が各地に誕生しました。この企画展では、ブラジルタウン4市町 (群馬県邑楽郡大泉町、 静岡県浜松市、 愛知県豊田市、 島根県出雲市)で行われている多文化共生をめざす取り組みを紹介します。 お問合せ:一般財団法人 日伯協会 TEL +81 78-230-2891 主催:・一般財団法人 日伯協会・神戸市 後援:・駐日ブラジル大使館・独立行政法人国際協力機構(JICA)

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入選作品決定! 第15回文協総合美術展 

第2次審査を通過し、入選が確定した作品が発表されました。(これまでの経過≫≫≫第15回文協総合美術展 第一次審査通過作品発表!) 【美術部門】 美術部門では、第2次審査を通過した262 人のアーティストによる 439 作品の中から、123名のアーティストによる191作品が入選しました。美術部門入選者リスト なお、受賞者は以下の3名です。おめでとうございます! ・Élcio Miazaki・Márcio Périgo・Marisa Nunes ☆入選したアーティストは、カタログおよび出版物に掲載されるアーティスト名をEメールにてお送りください: 15gebunkyo@gmail.com 【工芸部門】 工芸部門では、第2次審査を通過した113 人のアーティストによる 258 作品の中から、97名のアーティストによる177作品が入選しました。工芸部門入賞者リスト なお、受賞者は以下の3名です。おめでとうございます! ・Cristina Esperante Myrrha・Igor Hideki Hatanda ・Kimie Ino ☆入選したアーティストは、カタログおよび出版物に掲載されるアーティスト名をEメールにてお送りください: 15gebunkyo@gmail.com 提出作品の返却について 第2次選考で惜しくも選考に漏れた作品の返却について 日時:2023年7月27日および28日の10:00~17:00 場所:文協事務局 入選した作品の返却について第15回文協総合美術展開催後の返却となります日時:2023年10月22日 17:30~20:00   もしくは、2023年10月23日と24日の10:00~17:00場所:文協事務局 ※上記指定日時から30日が経過しても作品の返却受取がない場合、主催者は一切の責任を負わず、適切な方法で処分されることを予めご了承ください 第15回文協総合美術展   日 時:2023年10月7~22日      ※7日は開会式   場 所:文協ビル お問合せ:文協事務局 (11)3208-1755 担当-アウローラ

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訃報:網野 勢子 さん

長年にわたり、文協の社会福祉委員会で活躍した網野 勢子さんが、7月9日(日)にお亡くなりになられました。84歳でした。 お通夜は以下の通りです。 日 時:7月10日(月)12時30分 から18時30分まで場 所:Memorial Parque Paulista, à Rua Suécia, 56 – Embu das Artes (SP) 自身の生涯を福祉に捧げた網野勢子氏 ご主人(既に他界)との間に5人のご子息 ( セリオ、マルシア、ニュートン、デニス、ロジェリオ ) と8 人のお孫様に恵まれまた勢子氏は、看護師、衛生学士、老年学者として、体得した知識を生涯にわたり惜しみなく分け与えた女性でした。 勢子氏は、まず看護師としての仕事に従事、その後サンパウロ市庁舎で看護師およびソーシャルワーカーとしてキャリアを積み上げました。 文協と網野勢子氏 文協においては長い間「社会福祉委員会」に携わり、皆からポルトガル語で、より敬意を表す敬称である「Dona ( ドナ ) 」を付けた「Dona Seiko ( ドナ・セイコ ) 」と呼ばれ、親しまれていました。 2007年から「高齢者介護基礎講座」のコーディネーターとして活躍していたドナ・セイコは、ここ文協においても同講座を開講、近年は「介護者のケア」プログラムも立ち上げ、文協の主要な活動の一つとして根付かせました。 またそれだけでなく、2020年10月からは、国家福祉政策に基づく高齢者のためのサービス「高齢者生活センター(NCI)」を文協の一画に開所するために尽力し、大きな反響を呼びました。 ちなみにこのサービスは、JICAが同年に実施した「移住者の団体に対する助成金交付事業」により実現されたものです。 ドナ・セイコは、2021年からは同委員会の委員長に、また2023年4月からは文協の社会福祉担当理事に抜擢されたばかりでした。 その益々の活躍を誰もが期待した中、見事に2023年6月19日、文協がサンパウロ市役所セ地域事務所の監督下にある社会福祉事務局と、「高齢者生活センター(NCI)」の運営に関する5年間の契約を2023年6月19日に締結するに至る大きな立役者の役割を果たしました。 また、同サービス内で実施されている脳の活性化を目的としたプログラム「ISGAME」においては、サンパウロ市の高齢者大評議会からの認証を受け、民間企業からの資金調達を行うことができるようにもなりました。 なお、この「高齢者生活センター(NCI)」には現在、上限まで登録された120名の高齢者が毎日来所しており、161名が空き待ちリストに登録されています。 また、2022年にはシニア・ダンス・プログラムが開始され、毎回1クラスあたり40~60人の高齢者が参加するほど、好評を博しています。 このように、ドナ・セイコは、文協において最も重要な分野の一つである社会福祉部門を大きく発展させた人物として認識され、その名は文協の歴史の1ページに永遠に刻まれるでしょう。 ドナ・セイコ、長い間本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。 心より、ご冥福をお祈りいたします。

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Falecimento de Toru Iwasaki – missa de sétimo dia

Faleceu, no último dia 6 de junho, Toru Iwasaki, 72 anos de idade, presidente da Fazenda Tozan, localizada em Campinas. Foi emitido o comunicado sobre o velório às 9h e sepultamento às 14h do dia 8 de junho em Campinas (SP), no Cemitério Parque Flamboyant – Alameda dos Flamboyants S/N

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石川レナト会長再々選、3期目(2023~2025)続投決定!

写真:開会の挨拶を述べる石川レナト会長 去る4月29日、定款第24、25及び30条の規定により第162回定期評議員会が開催され、53名の評議員(内委任状11名)が出席する中、2022年度の理事会事業報告書、会計報告書、監査役会意見書の審議及び承認、並びに以下の選挙が行われました。・評議員会会長、第1、第2、第3副会長、第1、第2、第3幹事・理事会会長、第1、第2、第3、第4、第5、第6、第7副会長、専任理事、会計専任理事・監査役(正監査役3名、補充監査役3名) 理事会選挙においては、石川レナト現会長が再々選され、第3期目(2023-2025年)続投が決定しました。 写真:元文協副会長の故秀島マルセロ氏に1分間の黙とうを捧げる委員たち まず、本年2月に53歳の若さで急逝した、若者の中心的存在として将来を有望視されていた元副会長の故秀島マルセロ氏に対し、1分間の黙とうが捧げられました。 評議員会会長および理事会会長による開会の挨拶 続いて開会の挨拶に立った評議員会の山下譲二会長は、まず、出席に対する感謝の意を表した後、「パンデミックや、ロシアとウクライナの戦争など世界のさまざまな危機が世界中に影響を与えているが、ここブラジル日系社会もその例に漏れることなく、ほとんどの日系団体に重大な問題をもたらしている。」と語りました。そして「それにもかかわらず、文協はその活動を麻痺させず、石川レナト会長を中心とする執行部の一体化により、全てのイベントを開催し、その役割をしっかりと遂行し続けています。」と労をねぎらいました。 続いて挨拶に立った石川レナト会長は挨拶の中で、「2021年に約65万レアルの赤字決算だった文協が、2022年には約50万レアルの黒字転換という、前代未聞の決算をたたき出しました。」と報告しながら、集まった評議員および全ての会員の尽力に対し感謝の言葉を述べました。 2022年度の理事会事業報告書、会計報告書、監査役会意見書の審議及び承認 続いて、照屋ウーゴ専任理事が4つの統括委員会からなる各委員会の2022年の活動報告を、大塚ウィルソン第一会計理事が財務部分の詳細な説明を、清原ケンジ監査役が監査役会意見書を読み上げ、拍手を持って承認されました。 文協役員選挙 写真:右-石川レナト会長 , 左-木多喜八郎選挙管理委員会委員長 15分の休憩を挟んだ後、議題は文協役員改正選挙に移りました。 選挙管理委員会の木多喜八郎委員長により、今回の選挙に出馬したのは石川現会長の1シャッパのみであったことが報告され、拍手を持って承認されました。 石川レナト会長による所信表明 これを持って三期目の会長に就任した石川会長は所信表明で、「昨年度、経済の部分において黒字決算となった事はもちろん喜ばしいことではあるが、それ以上に誇れることは、パンデミック後の非常に困難な時期に、理事会、沢山のボランティア、そして青年たちによる主体的な協力が見事に一つとなったことです。」と述べました。そして、特に昨年開催し、あらゆる面で前回を上回る驚異的な結果を残した「第25回文協桜まつり」を例に挙げ、「2022年の『黒字決済』の本質は、『人材』の面での『黒字』であったと考えています。」と話し、「このような素晴らしい仲間が集まり、共に仕事をすることが出来ることは、この上なく幸せなこと。」と振り返りながら、「新しい理事会においても、1にも仕事、2にも仕事、とにかく仕事!」と意気込みを見せました。 「『Juntos(共に)』それが我々を更に強くする」 写真: 新理事会メンバー / マイクで話しているのは石川会長同様続投となった山下譲二評議員会会長    (写真提供-ASldo Shiguti) 石川会長は「私は『Juntos(共に)』という言葉を大変気に入っており、今回のシャッパ名にもそれを採用しました。」と話しました。そしてこの「Juntos(共に)」という言葉をここまで意識する要因となったのは、2014年に、故安倍晋三元首相がブラジルを訪問した際のスピーチ「Juntos!! 日本・中南米協力に限りない深化を-対中南米外交・三つの指導理念」だと説明しました。そして「今回、故安倍元首相がブラジル日系社会に残して下さった『Juntos(共に)』という言葉に『それが我々を更に強くする』という一文を付け加えました。」と話し「そしてこれは単なる『美しい言葉』として飾り、眺めるために名付けたのではありません。あくまで、実践するためです。」と力を込めました。 そして引き続き、青年が主人意識を持って活躍する場を提供すること、また文協の地方理事らを通してブラジル全土の約440在る日系団体との交流強化に向けて尽力すると述べました。なお、ブラジル全土の日系団体に対しては、「この約440団体の中には、非常に多くの困難を抱えている団体があることは承知しています。」と話しました。そして「新理事会において、例えば3つ、4つ、非常に困難な状況にある団体を取り上げ、支援することを提案したいと考えています。このような団体を支援するのも文協の大切な役割です。ただ、金銭的な援助はではありません。理事会の中には様々な分野において専門知識を有するプロフェッショナルが大勢います。その知識を提供することで必ず何らかの貢献ができると考えています。他の団体も真似ることのできる、成功のモデルケースを作るためです。」と話しました。そして、理事会のプロフェッショナルなメンバーの一例として、フォード・モーターなど大企業で経験を積み、今回、広報委員会の委員長に新しく就任した蔵力(ゾウリキ) クリスチーナ氏を紹介しました。 続いて、文協が運営する3つの「館」- この類の史料館の中では世界最高峰と言われるまでになった「ブラジル日本移民史料館」、栗田運営委員長によって活力を得た「日本館」、つい最近まで採算が取れず文協のお荷物と揶揄されていた「文協国士舘公園」が「運営成功のモデルケース」となったことについても言及しました。ただ、文協国士舘公園内に現在建設中である原沢和夫パビリオンについては、パンデミックと資金不足により、予定より完成が遅れていることを謝罪しました。しかし、「財政上の優遇措置法(ProAc)により、工事を終えることができるようにしたい。」と今後の対策についても言及しました。 また、文協ビル正面の近代化も、新理事会の成すべきうちの一つであると付け加えました。「文協の管財委員会の山村シルビオ委員長の尽力により、建物の改修に使用できる資金を市役所から得ることができました。」と報告しました。 最後に「私たちがやっていることは一過性のものばかり」であることを認め、「未来に何かを残す、レガシーを残す、という、文協は大きな目標を持たなければならない。」と述べました。そして「例えば、文協の2030年をデザインしましょう。これからどんな姿になるのか?どうすれば自立できるようになるのか?2030年に向けての野望を持つ必要があります。私はそれが、本当に重要だと考えます。それは私たちがレガシーと呼んでいるものであり、日々の仕事を超えた私たちの偉大な仕事だと言えます。そのために、会長補佐が参加するグループを組織し、彼らが理事会と評議会に対してこの意味での提案を準備できるようにし、我々は評議員との透明で対話的な方法でこれを公式化するつもりです。」と述べました。 記事協力:Jornal Nippon Ján シグチ・アルド編集長

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運営時間変更のお知らせ:ブラジル日本移民史料館 午前10時から入館頂けます!

平素よりご愛顧賜り誠にありがとうございます。 2023年2月1日より、火~金曜日におけるブラジル日本移民史料館の運営時間が変更になりました。 以前は、午後からのオープンでしたが、2月1日より午前10時から入館頂けるようになりました。ぜひ、ご利用ください! 【住所】Rua São Joaquim 381 Liberdade São Paulo-SP・文協ビル7・8・9階 – 常設展示場・文協ビル3階 –史料館事務所 , 史料館図書館 【運営日時】・常設展示場(7・8・9階) : 火~日 10~17h ※ 最終入場時間:16h (月曜日休館)・3階事務所および史料館図書館* :月~金  9~17h / 土   13~17h    *史料館図書館をご利用の際は事前申込が必要です。閲覧希望日時を記載しmuseu@bunkyo.org.brに送付してください。なお書籍及び史料の閲覧は閲覧室のみ可。   同じく資料調査室利用希望の場合も、事前に研究プラン等を記載し、メールにてお申し込みください。 【入館料】・大人 :16レアル・学生(学生証提示のこと):8レアル・5〜11歳の子供:8レアル・60歳以上:8レアル※水曜日は無料 【案内付見学】・料金:150レアル ※入場料は含みません (要予約/1グループ40名まで/所要時間約60分/火~金)  お問い合わせ:     TEL:(11) 3209-5465     メール: museu@bunkyo.org.brブラジル日本移民史料館公式サイト:ブラジル日本移民史料館

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祝!令和5年春の叙勲受章🏅呉屋春美前文協会長も!

ブラジル在住の令和5年春の叙勲者が発表されました。文協の呉屋 新城 春美 前会長も、ご受章されています。おめでとうございます! 在サンパウロ日本国総領事館 推薦叙勲受章者 (敬称略) 日下野 良武(79歳)旭日双光章 サンパウロ市在住 / 国籍:日本 (主要経歴)元 ブラジル日本語センター理事長(現名誉理事長)現 ブラジル熊本県文化交流協会理事長(主な功績)ブラジル日本語センター理事長、副理事長、顧問、名誉理事長を通じ、長年ブラジルにおける日本語普及活動に取り組むとともに、講演会や有識者等への働きかけを通じ、海外日本語教育の充実にも尽力した。また、邦字紙「サンパウロ新聞」東京支社開設と同時に支社長に就任し、その後同新聞社本社常務取締役及び専務取締役を務め、ブラジルにおいて日伯情報を日本語で提供した。さらにジャーナリストとして日伯両国の情報発信と文化交流を促進し、熊本県文化交流協会理事長を務めるほか、地元有力紙へ約40年間にわたる記事の送稿を通じ、ブラジルと熊本の交流にも貢献した。 呉屋 新城 春美(70歳)旭日小綬章 バルエリ在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元ブラジル日本文化福祉協会会長、元 ABJICA 会長、ブラジルいけ花協会副会長(主な功績)呉屋氏は、平成27年から平成30年の4年間、ブラジル日本文化福祉協会会長として、様々な事業を推進し、日伯両国間の親善交流に大いに貢献した。同協会創立60年にして初の女性会長であり、ブラジル日系社会の女性リーダーとしても中心的役割を担った。平成30年には、ブラジル日本移民110周年記念式典の式典委員長として、日伯両国を代表する多くの要人の参加を呼びかける等尽力し、式典を成功へ導いた。また、JICA帰国研修員同窓会(ABJICA)でも初の女性会長として、在サンパウロ日本国総領事館やサンパウロ州と協力し、様々なセミナーやシンポジウムを開催し、技術協力事業及び学術面における日伯間の交流促進に寄与した。現在は、ブラジルいけ花協会の副会長として、サンパウロを中心としたブラジル各地で、生け花体験教室や展示会などを開催し、日本の伝統文化の普及、日伯間の文化的交流・強化に貢献している。 ルイス・フェルナンド・フルラン(76歳)旭日重光章 バルエリ市在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元 開発商工大臣現 ジャパン・ハウス サンパウロ(JHSP) 運営委員会メンバー現 日伯戦略的経済パートナーシップ賢人会議 伯側メンバー(主な功績)開発商工大臣としてブラジル産バイオエタノールの日本への供給や、日本方式を基礎とするデジタルテレビ方式のブラジルへの導入に貢献し、日伯間の貿易促進及び技術提携に大きく寄与した。また、ジャパン・ハウス サンパウロの有識者アドバイザー及び運営委員として、同事業の立ち上げから開館、さらにその後の安定的な運営に貢献した。さらに、日本をよく知る有識者として、日伯戦略的経済パートナーシップ賢人会議の伯側委員を務め、自身の40年以上にわたる食品業界での経験や企業経営者としての視点を活かし、日伯間の経済パートナーシップの強化に向けて尽力している。 安永 ルイス(86歳)旭日単光章 プロミッソン市在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元プロミッソン日伯文化体育協会会長(主な功績)安永氏は、プロミッソン日伯文化体育協会会長として、長年、文化・スポーツ活動を通じて、日系社会の活性化、日本文化の普及、ブラジル社会との融和に取組み、日伯間の友好促進に大きく貢献した。同協会が主催する運動会は、昭和24年から70年間にわたり継続して行われ、現在は地域住民約2千人が参加する同市における一大イベントとなっている。同運動会の開催は、日系社会のブラジル社会への融和を象徴しており、同地域の日系社会の更なる活性化に繋がるものである。また、平成2年から令和2年まで、約30年間にわたり、プロミッソン日伯学校においてボランティア日本語教師として勤務し、日本語教育だけでなく、日本の習慣や価値観、日本文化の継承に尽力した。同学校には、子供から大人まで、日系人・非日系人を問わず通っており、日系社会を担う次世代の育成に大きく寄与するとともに、同地域の日本語教育の拠点として重要な役割を担っている。その他にも、平成10年から平成30年の20年間にわたり、プロミッソン市を含むノロエステ地方を対象とした、ノロエステ日本語普及会に所属し、林間学校や日本語学習発表会など様々なイベントを開催し、同地域の日本語・文化普及に大きく貢献した。 在クリチバ日本国総領事館 推薦叙勲受章者 (敬称略) フェルナンド・エイゾウ・オノ(74歳)旭日重光章 クリチバ市在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元労働高等裁判所判事(主な功績)ブラジル日系人として初めて最高裁判所にあたる労働高等裁判所の判事に就任し、約10年間にわたる同裁判所判事としての活動等を通じて、パラナ州及びブラジルにおける日系人の地位向上や対日イメージの向上に大きく貢献した。また、日本国最高裁判所判事がブラジルを訪問した際には、ブラジル労働高等裁判所との協議をアレンジし、労働法制や労働問題等にかかる両国の相互理解に尽力した他、日本からの要人来訪時にはブラジル日系社会を代表して応対する等、様々な形で両国の関係発展に貢献した。 タダアキ・ヒロセ(77歳)旭日中綬章 クリチバ市在住 / 国籍:ブラジル (主要経歴)元第四管区連邦地域裁判所長官(主な功績)ブラジル第二の日系社会を有するパラナ州において、日系人として初めて連邦判事に就任。ブラジル南部3州を統括する第四管区連邦地域裁判所では、管理官や長官等の要職を務め、この間、訴訟手続きの電子化等を通じた司法改革を推進する等、ブラジル司法界に功績を残し、日系人の地位向上や対日イメージの向上に大きく貢献した。更に、外務省招聘プログラムで訪日した後、司法分野における両国の相互理解の促進に尽力し、在クリチバ日本国総領事館に法的助言等を行い、その活動を支援するところもあった。 在リオデジャネイロ日本国総領事館 推薦叙勲受章者 (敬称略) 浜田

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